品川駅(しながわえき)は、東京都港区高輪三丁目および港南二丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)・京浜急行電鉄(京急)の駅である。, JR東日本の在来線各線(後述)、JR東海の東海道新幹線、京浜急行電鉄の本線が乗り入れるターミナル駅である。, JR東日本の駅に乗り入れている路線は、線路名称上は東海道本線と山手線の2路線で(詳細は路線記事および「鉄道路線の名称」を参照)、そのうち、東海道本線を当駅の所属線とし、山手線は当駅が起点となっている。東海道本線は川崎駅経由の本線と武蔵小杉駅経由の支線(通称:品鶴線)とが当駅で分岐する。この中で東海道本線東京駅方面を除く3方向ではJR貨物が第二種鉄道事業者として貨物営業を行っている。旅客列車の運転系統は次の4系統であり、それぞれ専用の線路が割り当てられている。旅客案内でも以下の系統名称が使用される。, 京浜急行電鉄は、当駅を経由し、都営地下鉄浅草線、京成電鉄、北総鉄道北総線、芝山鉄道芝山鉄道線まで最大で5社の相互直通運転を実施している。, JR東日本・JR東海の駅は、特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属する。, 2027年に開業する予定のJR東海リニア中央新幹線の首都圏側の始発駅になることも正式に決まっている。, 品川駅の西口側は三田 - 高輪台に跨る台地の裾野に位置する。開業当初、線路は海岸線に沿って建設され、線路よりも東側は海(東京湾)だった。港南側の大部分は明治時代以降に埋め立てにより造成された土地である。日本初の鉄道として知られる新橋-横浜間を結んだ鉄道の全線開業は明治5年10月14日であるが、全線開業に先行して明治5年6月12日に品川-横浜(現桜木町)間で暫定開業し、乗務員の訓練が行われた。, 1889年(明治22年)頃、八ツ山橋から見る品川駅と海。跨線橋は1882年(明治15年)設置[1] の物か。, 駅長・助役配置の直営駅で、当駅の他に大井町駅と高輪ゲートウェイ駅を管理している[9][10]。構内の中央に位置し、西側から山手線、京浜東北線、東海道線、横須賀線のホームがある。島式ホーム7面14線と単式ホーム1面1線で構成され、西から1番線 - 15番線と並ぶ。東海道線は6・12番線が本線である。京浜急行電鉄と1・2番線ホームの間には山手線の留置線が6本あったが、2019年3月に廃止された[11]。京急品川駅を地平にする用地にするためのものである。また、東海道下り本線にある電留線(札の辻群線3 - 22番)や洗浄線(白金群線)などは当駅構内の所有である。よって、本線からの到着以外のルート構成は品川駅にある高輪信号所が扱っている。, 改札内コンコースは、駅の北側と南側にそれぞれ東西に伸びるものがある。中央にある改札外のコンコースで分断され、直接にはつながっておらず、両コンコース間をホームや改札を通らずに行き来することはできない。, 南側の改札内コンコースの西側には京急のきっぷうりばや京急連絡改札口があり、京急の下りホームに直結している。構内には駅ナカ商業施設として「エキュート品川」と「エキュート品川 サウス」がある。かつて当駅にはチップトイレが存在していた(2011年5月30日時点)。, 東海道本線ホームの発車メロディが『鉄道唱歌』となっている。同歌において品川は、第1集東海道編第3番に「窓より近く品川の 台場も見えて…」と歌われている。, 9・10番線はかつて臨時ホームとして機能していて、東海道線が早朝・深夜に設定している当駅発着の列車が臨時ホームを使用していた。また、当駅止まりの「湘南ライナー」の到着にも使われている。時折行われるジョイフルトレインなどの鉄道車両の展示イベント以外に、東海道線や横須賀線のダイヤ乱れの場合にはこのホームが使用され、湘南新宿ラインが大崎駅ではなくこのホームを使用することもある。団体列車などの臨時列車の発着にも使われる。2015年3月14日からは上野東京ラインが使用し、主に常磐線が発着するホームとして機能している。, 上野東京ラインの開業により、常磐線の始発駅となっていることから、利用客の待ち合わせも多いこともあり、大型ディスプレイと複数のベンチを並べた待合スペース(仕切り等なしの屋外型)が設けられている。2015年3月14日の上野東京ライン開業日には、開通記念セレモニーが9・10番線ホームで行われ、最初の列車となった「ひたち」1号の先頭車両10号車付近のホーム場に赤絨毯等を敷いてイベントスペースが設けられた。, 上野東京ライン開業前の臨時ホームの駅名標は、両隣の駅が川崎駅・新橋駅と東海道線に準拠した表示になっていた。また、下り方は東海道線以外に横須賀線(西大井方面)・山手貨物線(渋谷・新宿方面)の発着が各番線で可能である。, 第二次世界大戦前、鉄道省では品川 - 東京間に複線を増設し、京浜東北線の急行(快速に相当)と横須賀線を走らせる「京浜急行線計画」が存在していた。その計画では、1番線が山手線内回り、2番線が山手線外回り、3番線が京浜東北線北行、4番線が「京浜急行線」北行、5番線が京浜東北線南行、6番線が「京浜急行線」南行、7・8番線が東海道線上り、9番線が横須賀線上り、10番線が横須賀線下り、11・12番線が東海道線下りとなる予定であった。臨時ホームはこの計画に基づいて建設されたものである。この計画は対米戦により未成に終わったが、その一部は、京浜東北線と山手線の分離運転(「東京縦貫複々線工事」という)に活用された。, なお、田町寄りには本来横須賀線が使用するはずだった高架橋の一部が残されていたが、高輪ゲートウェイ駅の建設により取り壊された。これは現在当駅に乗り入れている京浜急行電鉄本線とは関係なく、あくまで「京浜線の急行」という意味である。現在の京急本線の当時の名称は「京浜電気鉄道」だった。, 1960年代には新幹線が東海道新幹線しかなく、高速道路網も未整備で鉄道輸送のシェアが大きかった。年末や旧盆の帰省ラッシュ時に東北本線、奥羽本線や磐越西線方面への下り臨時列車が当駅臨時ホーム始発、山手貨物線経由で運行されたことがある[12][13]。(一部は東京駅・上野駅経由、ただし両駅での客扱いなし[14])。当駅始発の最初は1960年(昭和35年)12月28日から31日までの4日間で、15本の列車がその対象となり、1975年(昭和50年)まで続いた[12]。当時の東北方面へのターミナル駅である上野駅の混雑を緩和する目的で設定されたのである。乗客は提灯に導かれて駅の東側に回り、多数張られた白いテントの中で列車を待った[15]。このテント待合所は俗にテント村と呼ばれた。1965年5月に3000人収容の団体待合室が完成して、待合場所が変更された[16]。, 特急「成田エクスプレス」は、横浜駅・大船駅発着の臨時を除く全列車と横浜駅・大船駅発着設定のない時間帯の新宿駅方面発着の列車(11・12・17・18・21・22・27・28・33・34号)が停車する。結果として全列車が品川駅に停車する。, 2014年6月3日に田町駅との間には高輪ゲートウェイ駅(泉岳寺駅付近、現在の東京総合車両センター田町センター周辺)が2020年に暫定開業されると公式発表された[報道 15]。高輪ゲートウェイ駅は、2020年3月14日に開業している[報道 16]。, 山手線には、深夜に当駅止まりの電車が設定されている。東海道線には、常磐線直通系統の当駅発着列車以外に早朝の当駅始発下り横浜方面への列車・朝の宇都宮線および高崎線からの当駅止まりの列車・深夜の東海道線横浜方面からの当駅止まり列車の設定もある。横須賀線は、下り始発列車が当駅始発、上り最終列車が当駅止まりとなっている。総武快速線直通は、平日朝に2本、夕方に1本、当駅発着列車が設定されている。, 寝台特急を除いた昼行特急では成田エクスプレス(新宿方面発着)は当駅を通過する。新幹線の全列車が停車する駅で昼行特急列車が通過する設定をしているのは当駅が唯一である。, 2022年(令和4年)頃完成のホーム改良計画では3・4番線ホームを9メートルから13メートルまで拡張する方針である。順番としては、, この工事により、新3番線(山手線(外回り))と新4番線(京浜東北線(北行き))が同一ホームで乗り換え可能になる。なお、1番線ホームは山手線(内回り)専用として混雑解消を図る予定で、2番線は欠番となる。また、北側コンコースを拡張し品川駅北口、港南口付近に改札口を2ヶ所新設するとともに、バリアフリー化を進めるため各ホームにエレベーターを設置する[報道 17]。, JR東日本構内施設「エキュート品川」開設を記念して設置された郵便ポスト(5・6番線階段付近), 東側に位置する島式2面4線のホームで、S字状に緩くカーブしている。22・23番線から東京寄りに総延長958mの引き上げ線が3本あり(内2本の間には長さ355mの乗務員用の島式ホームもある)、列車の折り返しが可能である。, 東海道新幹線ホームやその東側は、1990年代半ばまで品川機関区や貨物取り扱い施設、新幹線の車両基地があった。東海道新幹線開業から2003年の同線の品川駅開業までは、東京第一運転所(開業時より開設)およびその支所である大井支所(1973年開設)への入出庫を目的とした信号場として、品川信号場の名称で設置していた。, 東海道新幹線品川駅の構想自体は日本国有鉄道(国鉄)時代から存在し、国鉄分割民営化時にJR東海に継承された。JR東海がJR東日本から新幹線ホーム建設用地を購入する際、JR東海はJR東日本が品川駅周辺の土地を旧国鉄から簿価で引き継いだことを持ち出し、簿価で売却するようJR東日本に要求したが、JR東日本は時価売却を主張した。最終的に、バブル崩壊後で地価が下落していたこともあり、JR東海が時価での売却に合意した[新聞 5]。駅舎などの設備は1997年5月26日に着工し[4]、6年4か月かけて2003年9月15日に完成した。東海道新幹線の駅としては最も新しい駅である。, 東海道新幹線品川駅が建設された理由として、当駅折り返し列車の設定による東海道新幹線の輸送力増強が大きな目的とされ、東京駅から東京第一車両所・東京第二車両所に出入りする回送列車との競合を、当時の品川信号場構内扱いであった分岐点より西側に駅を設置することで回避して、1時間に4本の増発が可能であるとされたが、2003年10月1日の開業以降しばらくの間当駅折り返し定期列車が設定されていなかった。2007年7月1日ダイヤ改正にて、N700系による当駅始発列車「のぞみ」99号博多行(6時00分発)が新設された。, ホーム上には売店などの店舗はない。売店等はホーム上のコンコース・改札内に出店している。改札内の待合室を兼ねるコーナーには一部に無線LANコーナー(電源付き)がある。新幹線ホームは駅舎の内側にあるため、地下駅のようになっている。上下線とも外側が本線(通過線)となっており、転落防止のために可動式安全柵(ホームドア)が設置されている。また内側は副本線(待避線)であり、固定柵が設置されている。, 2008年3月15日ダイヤ改正から全列車が停車。これにより一部相互発着という手法で列車を停車させている。改正前日までは新大阪駅発着の「ひかり」のみ全列車が停車し、「のぞみ」は約6割停車、広島駅・岡山駅発着の「のぞみ」と一部の「ひかり」は通過となっていた。, 2014年よりJR東海は東海道新幹線停車駅の自動改札機を順次更新する計画があるが、品川駅は最初に新型の自動改札機が設置される予定である[報道 18]。なお、東海道新幹線の駅で初めて、開業当初からフルカラーLED式発車標が設置されていた。, 2018年11月現在、中央新幹線の島式プラットホーム2面4線が工事中である[17]。, 以下の表は当駅地上ホームの変遷を記したものである。なお、下表に示す以外に工事等によりホームが一時的に撤去されている場合もある。, 構内の西側に位置し、2面3線のホームを有する高架駅である。東側(JR品川駅側)に単式ホーム(1番線)、西側に島式ホーム(2・3番線)が配置され、3番線は泉岳寺方が行き止まりとなっている。横浜・羽田空港方面(1番線)のホーム上に中間改札があり、JRのコンコースに直結する。この中間改札は、裏面が黒(磁気)でJR・京急線にまたがる前提の乗車券か、PASMOおよび相互利用可能なICカードで利用可能である。裏面に磁気のない切符や、京急線・JR線いずれかの切符で本駅下車ののち、他方の会社線に乗る場合は、改札横の窓口(京急→JRは右、JR→京急は左)で、使用したきっぷの回収とこれから乗車する会社線の乗車券を購入することで、中間改札を利用できる。, 各ホームには「イブニング・ウィング号」の座席指定券自動券売機が設置され(改札外にも設置)、跨線橋にはJR東海のエクスプレス予約乗車券類受取機が設置されている。, 2番線に到着した当駅止まりの列車は、泉岳寺寄りにある引き上げ線に入って折り返し、1番線に転線する(なお、この引き上げ線には業務用のホームがあり、京急の品川駅職員は「新品川」と呼称している[報道 22]。)。一部列車は3番線に入線し、そのまま折り返す。ただし、ダイヤの乱れで引き上げ線が使用できない場合は、3番線に入線した列車が一旦北品川方面への本線へと転線し、そこから1番線へ入線する場合もある。, 当駅は途中駅ではあるが京急本線の正式な起点であり、当駅 - 泉岳寺駅間は支線の扱いとなっている[注釈 3]。泉岳寺方面へ直通する列車は、当駅から「普通」または「快速」「通勤特急」「アクセス特急」など、京成電鉄の種別に変更される。ただし泉岳寺行きは種別は変更されず、都営浅草線内「エアポート快特」で運転する種別は押上駅で京成の種別に変更される。, 当駅と泉岳寺駅は京成の列車種別を含めると、京急の全列車種別が停車する駅である(「ウィング[注釈 4]」「エアポート快特」「快特(京急)・快速特急(京成)[注釈 5]」「アクセス特急」「特急」「通勤特急[注釈 6]」「快速」「エアポート急行」「普通」の9種別)[注釈 7]。, 1番線のみ大原さやかによる自動放送が導入されている。早朝やダイヤ乱れ時は簡易放送に変更される。当駅では下り列車の今度の発車案内放送を流すが、羽田空港第1・第2ターミナル行以外の場合はその発車時刻が最後に放送される。2008年11月18日より、羽田空港第1・第2ターミナル行列車の入線時の案内放送の冒頭に羽田空港旅客ターミナルで使用されているチャイム音をアレンジしたものが追加された。また、羽田空港第1・第2ターミナル行の列車の案内では英語放送も実施される。, 発車標は、1998年までは京急川崎駅などに設置されている反転フラップ式発車標より一世代前の反転フラップ式の発車標が使用されていたが、1998年に3色LED式へ交換、そして2009年2月にフルカラーLED式へ交換され、同時に後述の「駅メロディ」も開始された。最初は2・3番線のものが交換され、その次に1番線のものが交換された。この発車標は日本語・英語以外にも中国語・朝鮮語も表示されるようになった。また同時にLCD式の乗車位置案内も設置された。なお、1階改札前の発車標も2009年2月にLCD式へ交換された。2017年6月には1番線の横浜寄りの発車標が新型のものに交換され、7月には全て新型へ交換された[注釈 8]。, 京急の駅では、スルッとKANSAI 3day (2day) チケットを発売していた。, 開業当初の番線は山側(上りホーム)から付番され、6番線(4線)まであった。旧1・2番線は3番線と同様に泉岳寺方面は行き止まりであった。またホームは行先別に使用されており、旧1・2番線が穴守線(現:空港線)直通列車、旧3・4番線(現3番線)が黄金町行列車、旧5番線(現2番線)が湘南線直通列車(浦賀方面)、旧6番線(現1番線)が団体臨時列車用であった。また、旧5・6番線を除き奇数番線は降車ホーム、偶数番線は乗車ホームであった。, 品川駅から泉岳寺方面を見る。奥に2本の引き上げ線があり、その両脇を地下に下る路線は、都営浅草線泉岳寺駅方面。, 2009年2月25日から、京急のイメージソングであるくるりの『赤い電車』をアレンジしたものを接近メロディとして使用している[報道 12]。編曲はくるりのメンバーの岸田繁が自ら手掛けた(オペレーションは福嶋尚哉が担当)[19]。下りホームでは羽田空港第1・第2ターミナル駅で使用しているものと同じアレンジのメロディ、上りホームでは同駅と異なるアレンジのメロディを使用している。, JR貨物の駅は車扱貨物の臨時取扱駅となっており、現在は定期貨物列車の発着はない。ただし、JR東日本の甲種車両輸送列車が年数回発着することがある[注釈 9]。, 1994年までは定期列車として紙輸送列車が発着しており、日本製紙が使用していた倉庫の専用線があった。列車は石巻港駅や伏木駅などを発駅とし、有蓋車(ワム80000形)で列車は編成されていたが、コンテナ化されて廃止になった。なお、倉庫は改修され、田町CKビルとなっている。, また、1980年に廃止されるまで駅南東には広大な貨物ターミナルが広がり、コンテナホームや海上コンテナの荷役作業に用いるクレーンなどが設置されていた。, JRの主な駅弁は下記の通り[20]。過去には常盤軒が駅弁販売を行っていたが、2010年に撤退した。, 2016年における各社の1日平均乗降人員は約100万人(計算値で約109.3万人)である[報道 23]。また、近年は増加が著しく2014年度に1日平均乗降人員が100万人を超えた。, 各年度の車扱貨物の年間発着トン数は下表の通り。2006年度以降は実績なし。またコンテナ貨物の取扱はない。, 駅ビルと呼べるほどの施設はないが、国道15号(第一京浜)を挟んで、京急グループの複合商業施設「ウィング高輪」(旧・ウィング高輪WEST)がある。かつては「ウィング高輪EAST」が駅に併設されていたが、連続立体交差事業の着手に伴い、2020年3月31日に閉店した。長距離バスの始発点である品川バスターミナルにもほど近い。第一京浜沿いのビジネス街に並んでいるほか、高輪、御殿山などの住宅街を背後に控えている。, 1977年1月4日に発生した青酸コーラ無差別殺人事件は、当時の品川スポーツランド(現:品川プリンスホテル本館)前にあった電話ボックスで発生した。, 従来、駅東側は昭和初期からの埋立地として工場や倉庫などが広がる地帯で西側に比べ発展が遅れ、橋上駅舎化するまでは地方の単線駅と見まごうような駅出入口があるだけだった。各線ホームと東口との間には長大な操車場が横たわるため、構内から出るには下を抜ける長い地下通路を経由する必要があった。その頃の駅周辺で名立たる企業はファッションアパレルメーカーのJUN本社、東洋水産本社、コクヨ東京オフィス、中日新聞東京本社(東京新聞・東京中日スポーツの編集・発行所、2006年に移転)程度で、少し先には荒涼とした空き地が広がっていた。, 平成に入ってから貨物ターミナルや新幹線車両基地(旧東京第一車両所、1992年移転)の跡地が再開発され、1994年に品川インターシティ、さらに2001年 - 2002年頃より再開発によるタワーマンションと高層ビルの建設が始まり、2004年3月には港南地区におけるタワーマンションの先駆けである品川Vタワーを含む品川グランドコモンズがオープン、以降、タワーマンションの開発が進んで人口が増加した。こうして2000年代後半にはオフィス街およびマンション街へと変貌を遂げた。これらの再開発事業はバブル景気以降の不景気に起因する負債圧縮のため企業が数多く所有していた工場や倉庫などの敷地を不動産業者へ売却処分したためとされる。さらに新幹線の駅が開業し、中京圏・近畿圏とのアクセスが向上したこともあって、企業の本社などの集積が進んでいる。, 朝ラッシュ時は駅通路や歩道が港南口方面の企業へと出社する大勢の会社員で混雑するため、港南口へ向かう利用客は連絡通路中央部を、港南口からJR線・京急線へと進む利用客は通路両端部を進むよう推奨されている。, また、東京湾アクアラインを経由する高速バスのうち品川駅 - 袖ケ浦バスターミナル - 木更津駅東口線、品川駅 - 袖ケ浦バスターミナル - 袖ケ浦駅 - 長浦駅北口線が発着しており、木更津市や袖ケ浦市といった房総半島西部への玄関口ともなっている。これらの路線は定期券の導入・深夜バス運行などにより、東京地区への通勤路線の一端を担っている。, JR東海が2027年の開業を目指している中央リニア新幹線について、当駅は東京側の始発駅になることが決定している。当初から社長の松本正之は「始発は東京駅か品川駅」という見解を示していたが、横浜・羽田アクセスや東京駅付近の地下使用状況などを考慮している。JR東日本も協力的で[新聞 6]、同社がボーリング調査を施した[新聞 7]。これを受け、JR東海は同線の始発駅を品川駅とする方針を固め、JR東日本と東京都に伝えた[新聞 8]。