211系電車(211けいでんしゃ)は、1985年に登場した直流近郊形電車である。当初は日本国有鉄道(国鉄)が、国鉄分割民営化後は東日本旅客鉄道(JR東日本)、東海旅客鉄道(JR東海)、西日本旅客鉄道(JR西日本)により設計・製造された。, 直流近郊形電車は、1962年(昭和37年)から20年以上にわたって111・113系と115系が製造されてきた。本系列は、これらに代わるフルモデルチェンジ車であり、軽量ステンレス製車体や構造の簡便なボルスタレス台車、電機子チョッパ制御よりも簡便かつ安価に回生ブレーキが使用可能で抵抗制御を基本とした界磁添加励磁制御、応答性の高い電気指令式ブレーキや簡易的なモニタ装置など、省エネルギーや保守費低減に配意した新機軸が各所に採用されている。これらは通勤形電車の205系で先に採用されたものであるが、本来は近郊形電車用のシステムとして開発されていたものである。1ユニットあたりの力行性能の向上により、電動車比率を下げ、2M3T編成で25 ‰区間までの勾配でも通常の使用ができる設計とし、新製コストと運用コストの低減を狙った設計とした。これにより2M3T編成でも113系・115系の2M2T編成と同等以上の走行性能を持つ。, 車体は、片側3か所に両開きの扉を設けた国鉄近郊形電車の基本的構成であるが、両端の側出入口の位置を若干車端に寄せた配置としている。外板間の車体幅は、従来の2,900 mmから初めて2,950 mmまで拡大され、裾絞りが大きくなっている。また暖地・平坦線用の113系と寒地・勾配線用の115系を統合し、細部の仕様変更を行うことで両系列の取替に対応している。また座席は従来と同様のセミクロスシートの他、長距離通勤客の増加に伴う混雑に対応するため、オールロングシートの車両も製造された。クロスシート・ロングシートともバケットタイプとし、クロスシートはシートピッチ1,490 mmのままでスペースと通路幅を広げ、ロングシートは1人分の幅を広げた。また、セミクロスシート車も混雑緩和のため、415系700番台同様、車端部をロングシートとした。, 国鉄時代は付属編成のみがオールロングシート車とされたが、国鉄分割民営化後の増備車はすべてロングシート車が基本となっている。さらに、車体の構造と台車は同時期に製造された415系1500番台にも採用され、民営化後も車体や制御システムの設計を流用した車両が登場している[注 1]。, 本系列のMM'ユニット車の主電動機は、MT61形[注 2]という713系向けに開発されたものを使用している。定格出力こそ従来多用されてきたMT54形と同じだが、低回転域のトルクを381系向けのMT58より強化(MT54とMT58の中間の特性)したうえ、従来の近郊形電車よりも大きめの歯車比を採用し、定格速度を113系・115系より6.5 km/h低い46.0 km/hとしたため、逆にユニット当たりの引張力は6,690 kgから7,580 kgへと一割強大きくなった。一方で、許容回転数を上げて最弱め界磁率を35 %まで取り、高速性能を確保した。2M3T編成においても113系・115系の2M2T編成を上回る走行性能を発揮できるのはこれらによるものである。, 1M方式(非MM'ユニット車)車の主電動機はMT64形で、定格端子電圧がMT61形の2倍の750 V、定格電流が半分の180 Aとされているが、速度特性は極力MT61形にそろえられている。このシステムは後に213系用として初採用されたが、本来は本系列の横須賀・総武快速線への投入を構想した際、MT比2:3(15両編成時6M9T)では不足する走行性能と、電動車を増やすコストをバランスさせるために開発されていたもので、当初からMM'ユニット方式との混用が想定されていた。, 主制御器は205系のCS57形に抑速ブレーキの機能を追加したCS57A形である。抑速ブレーキは40 km/h以上で作動する[3]。, 電気ブレーキは、添加励磁装置を用いて回生ブレーキを行う。高速域では界磁電流を弱く、主回路電流を強くし、速度の低下とともに界磁電流を強めながら主回路電流を減ずるよう制御することで、一定の回生ブレーキ力が確保される。78 km/h以上からブレーキをかける時は電動機は並列つなぎで、それ以下からの場合は直列つなぎで回生ブレーキを開始する。並列つなぎで開始した場合は60 km/h前後で直列つなぎに切替えるが、切替の際に端子電圧を急に半減することはできないため、抵抗を挿入しながら回路を切替え、その後抵抗が抜かれる。, 低速では界磁電流を強めても回生電圧が架線電圧を下回るため、30 km/h前後で回生ブレーキが失効する。, 順番は過去からの慣例に準ずる。本形式は国鉄時代から国鉄分割民営化後にかけて製造されているため、それらを分けて記述する。なお、国鉄時代に製造された形式の中には民営化後に製造された形式もある。また、車両の向きは、東海道本線基準で東京駅方を奇数(北・東)向き、神戸駅方を偶数(南・西)向きである。, 国鉄時代には首都圏地区に250両[注 3]、名古屋地区に8両、計258両が製造された[4]。前者はJR東日本に、後者はJR東海に引き継がれた[4]。国鉄分割民営化後にはJR東日本で325両[注 4]、JR東海で242両、JR西日本で2両、計569両が製造された[4]。国鉄時代と合わせた総計では827両が製造された[4]。, その後、2004(平成16)年度以降にJR東日本では113系2階建てグリーン車34両が本系列に編入され、代替に同数のサハ211形34両が廃車となっている。, JR東日本製造分においては、1989年(平成元年)3月に205系508両(埼京線・京葉線・京浜東北線・南武線用)、本系列145両(2000番台・3000番台)、113系組み込み用2階建てグリーン車15両、総計668両の製造を川崎重工業が受注した[5]。これは当時の国内商談としては、最大規模となる受注であった[5]。実際、JR東日本製造分では1989年(平成元年)3月以降、2000番台15両(日本車輌製N32・N64編成)を除いて、全車両が川崎重工業製となっている[6][注 5]。, 211系の基本形式。暖地向け仕様車で、0番台はセミクロスシート、2000番台は制御車のトイレ対向部を除きロングシートとなっている。東京地区には0・2000番台が、名古屋地区には0番台が投入された。, 国鉄時代は、東海道線東京口用のグリーン車2両組込の0番台10両編成 (TcTMM'TTsTs'MM'Tc') 6本60両と2000番台5両編成 (TcTMM'Tc') 5本25両の計85両が製造され、田町電車区(後の田町車両センター)に配置された。1986年(昭和61年)3月3日のダイヤ改正から営業運転を開始した[1]。, グリーン車は、従来1両にトイレ・洗面所と専務車掌室を装備することが通例であったが(一例 : サロ110形1200番台)、本系列ではトイレと洗面所のみ装備のサロ211形と専務車掌室のみ装備のサロ210形とに分けて製造し、これを組合せて運用されている。これにより、サロ110形(1200番台)に対し定員が一列4名増の64名に増加している。シートピッチはこれまで通り970mmとしたが、車体が従来より広くなったことを生かして、通路幅600mmを確保したまま座席幅を475mmに広げ(従来車は450mm)、背もたれはフリーストップ式とし、傾斜角度も従来よりやや大きくした。2階建グリーン車登場後、アコモデーション格差解消のため、背面テーブル、中肘掛と立客用の手摺が追加設置されている。, 導入当初は、特定区間(東海道線の東京駅 - 平塚駅間)以外では喫煙が可能であったため、ロングシート車を含む各車両(除く禁煙車)に灰皿を設けていた。ロングシート車は出入台の袖仕切横と妻部に設置した。しかし、後の禁煙区間の拡大にともない、グリーン車を含め全車禁煙となり、灰皿は撤去されている。後述する2階建グリーン車は当初より禁煙車として登場したため灰皿は最初から設置していない。, JR東日本では、1988年度から1991年度までに基本編成8本80両と付属編成9本45両の計125両を増備した。従来、ロングシート車は付属編成のみであったが、基本編成もロングシートの2000番台車とされた。国鉄製造分と比較し、JR東日本化後の増備車(2000番台のN21・N56編成以降)では以下のような変更点がある[7]。後述する3000番台のJR東日本化後の増備車(クモハ211形・モハ210形・クハ210形の車番3023以降)も同様である[7]。, グリーン車も定員増加を図るため、2階建のサロ213・212形とされた。従来の編成は平屋構造のサロ211形・サロ210形の組み合わせで連結していたが、新造の2階建グリーン車と編成を組替、14編成中12編成が2階建車と平屋車をそれぞれ1両ずつ組込んだ。0番台はサロ211形+サロ212形の組成で、2000番台は後述の2編成を除きサロ210形+サロ213形の組成である。編成中の2階建て車両の連結位置を4号車にそろえるため、サロ210形は引き通しを引替え、サロ213形 (1 - 6) は引通しを両わたり[要出典]で製造の上、方向転換して組成している。1990年と1991年に増備された2編成(N31・N32編成)は平屋グリーン車を新製すると輸送力の増強にならないことから、グリーン車をサロ213形+サロ212形で新製し、初めて2階建グリーン車2両連結となって登場した。編成中のサロ213形は、当初から正規の位置に連結されているため、引通しは片わたりとなっている。, サロ213形のトイレは、サロ211形の和式から、同時期登場の651系に準じた洋式とされた。トイレ入り口のドアは、当初は折戸式であったがのちに外吊式引戸に改造された。, 近年、優先席部分の吊り革をE233系タイプの物に交換したほか、2008年秋頃より、検査時などに張り替えるシートのモケット地を製造時のすおう(蘇芳)色から青緑色の柄付きのものに変更している。, 2011年秋からは田町車両センターにE233系3000番台の投入が開始され、同系列の増備に伴い2012年4月23日をもって同センター配置の本系列の定期運用を終了し、置き換えが完了した[9]。また、置き換え完了後の同年5月12日・13日には東京駅 - 伊豆急行線伊豆急下田駅間で営業運転終了を記念する団体臨時列車が運行された[10]。, 2000番台の車内(長野N614編成(旧田町N32編成)。吊り手がすべて三角形となっている), 国鉄民営化前年の1986年(昭和61年)11月ダイヤ改正時に、名古屋地区において117系を6両編成→4両編成化して東海道本線快速列車の増発が実施された[11]。この際、増発分の車両不足を補うため0番台4両編成 (McM'TTc') 2本8両が川崎重工業で製造された[11]。民営化後はJR東海に継承され、その後の増備が後述のロングシート車である5000番台車に移行したことから、JR東海が所有する211系では8両のみセミクロスシート車となっている。また、クモハ211形0番台はこの2編成のみとなっている。, 登場当初は東京地区用と異なり、先頭車の電気連結器と自動解結装置が非設置(代わりにジャンパ栓を装備。このため東京地区用とはスカート周りの造作に違いがある)で、外装は東海地区のイメージカラー[11]とした青色の帯に白のピンストライプを入れた独自カラーであった。その後、同車を引継いだJR東海のコーポレートカラーがオレンジ色となったことから、1988年に他車と同じオレンジ色と緑色の湘南色帯に改められた。これと同時期に電気連結器と自動解結装置も設置されている[注 6]。, サービス改善の見地から、車掌スイッチの取り付け位置の変更を行い、運転室背面窓の拡大を行った[7]。, 前面方向幕は当初は「普通」「快速」などの種別表示のみだったが、1990年から普通列車充当時には行先(ローマ字併記)を表示するように変更された。1991年から大垣区、神領区の5000番台車は前面方向幕は書体がJR東海タイプの書体のものに変更された。0番台は側面方向幕のみ変更され前面方向幕は変更されなかったが、1998年に前面もJR東海タイプの書体に変更された。1999年には下記の側面方向幕の変更に伴い種別表示のみに変更された。, 1999年には、東海道本線に313系が大量増備され、高速ダイヤに移行したことから、最高速度を120km/h対応とする改造工事が施された。台車へのヨーダンパ設置やブレーキの増圧対応工事のほか、側面行先表示器も311系と同様の列車種別幕と行先幕を別個にした方式のものに変更された。また、311系・313系のLED式車内案内表示器を操作するための操作盤と、それを車掌が動作確認できるようにLED装置を、乗務員室内に設置している。2000年には車内外の号車表示が取り外された。2005年には、バリアフリー化対応としてドアチャイムの取付とクハ210形への車椅子スペースの新設が行われた。米原側ボックス席を1組撤去の上、2人掛ロングシートを移設してその跡への設置となっている。さらに集電装置をシングルアーム式のものに交換したほか、転落防止幌の取り付け、吊り手の増設も行われている。, 新製時は神領電車区(現・神領車両区)に配置されていたが、営業に供されるのは東海道本線のみで、中央本線での運用は出入区回送のみにとどまったことから、1989年に大垣電車区(現・大垣車両区)に転出した。, 1989年7月の金山駅開業に伴うダイヤ改正では、同時に新設された新快速に311系や117系とともに充当された。翌年のダイヤ改正で311系が増投入されたため新快速運用からは1年弱で撤退したが、2000年から313系5000番台の登場する2006年8月まで土曜、休日のみの上り1本だけ新快速を担当した。, 2007年以降は掛川駅・浜松駅 - 豊橋駅間の普通列車を中心に運用され、311系との併結運用も存在したが、2011年3月ダイヤ改正では豊橋駅・岡崎駅 - 岐阜駅間または大垣駅 - 米原駅間の普通列車を中心に運用されるようになり、2006年以来5年ぶりに新快速の運用が復活したが、豊橋駅以東の運用は消滅した。なお、検査入場による代走は311系にて行われていた。, 2011年9月に再度神領車両区に転配され、関西本線の朝と夕方以降の列車に運用されるようになった。中央本線では早朝と夜間に神領車両区への入出庫回送を兼ねた1往復の運用が2014年3月改正まで存在したが、以降は神領車両区への回送列車のみ入線している。120km/h運転に対応することから代走には313系1000・1100番台が使用されるが、313系が検査離脱で代走できない場合は211系5000番台が使用される。, JR東海では2010年から2012年にかけて313系が増備され、国鉄時代に製造された117系などを代替したが、同じく国鉄時代に製造された[注 7]本番台は2020年1月現在でも継続して使用されている。本番台を含めた211系は、将来的には2020年に開発が始まる315系により置き換えられる予定である。, 0・2000番台を基本に東北線(1990年以降は宇都宮線と案内)と高崎線の使用に配慮した寒冷地仕様車で、115系非冷房車の置換え用として登場したものである。1000番台はセミクロスシート車、3000番台はロングシート車で、ともにスノープラウ(排雪器)、耐雪ブレーキ、半自動ドア、レールヒーターなどの耐寒耐雪装備がなされている。前述の0・2000番台より早い1986年(昭和61年)2月18日から営業運転を開始した[1]。, 編成は、東海道線用0・2000番台と異なり普通車のみの5両編成 (McM'TTTc') で、1000・3000番台とも同じである。国鉄時代には、セミクロスシート車1000番台11本55両とロングシート車3000番台22本110両の計165両が製造され、民営化後は東海道線用と同様にロングシートの3000番台のみが、1991年までに40本200両が増備されている。国鉄時代には、1000番台×1本+3000番台×2本で15両編成を組むように計画されたため、1000番台と3000番台の運用も分けられていたが、民営化後は共通運用となった。なお、2000番台と同様運転席背後の仕切窓、荷物棚、つり革などに製造年次による変化がある(詳細は0・2000番台の項目を参照)[7][8]。, 新製配置は1000番台が全車両新前橋電車区(現・高崎車両センター)で、3000番台は当初クモハ211形・モハ210形・クハ210形の車番3001 - 3046が新前橋電車区、3047 - 3062が小山電車区(現・小山車両センター)配置であったが、2000年からE231系が小山電車区に新製配置になったことにより、同年12月に新前橋区に配置が集約されている(その後一部が幕張車両センターに転出)。そのため、上野駅発着列車では宇都宮線列車よりも高崎線列車の運用のほうが多かった。, 0・2000番台と同様に、2008年秋頃より、モケット地をすおう色から青緑色に交換しているほか、順次PS33E形シングルアーム式パンタグラフへの取り替えおよび増設(一部)が行われた。, 前述した田町車両センターに続いて、2012年度に高崎車両センター向けにもE233系3000番台250両が投入された。また宇都宮線小金井駅 - 黒磯駅間での5両編成での運用は、2013年8月24日から運用を開始した205系600番台の転入により置き換えが行われた。, 2013年3月16日のダイヤ改正で宇都宮線上野口の運用を終え[12]、翌2014年3月15日のダイヤ改正で高崎線での運用からも撤退。また、同年3月24日をもって宇都宮線小金井駅 - 黒磯駅間での末端運用も終了した。さらに、宇都宮線と両毛線の直通列車2往復のうち、宇都宮線小山駅 ‐ 黒磯駅間の1往復の運用も2017年3月3日をもって終了した。2017年7月時点での宇都宮線での運用は、後述する3000番台4両編成による小山駅 - 宇都宮駅間の1往復のみである。, 211系1000番台両毛線およびかつての宇都宮線小金井駅 - 黒磯駅間では5両編成での運用があった, パンタグラフの増設とシングルアーム式への交換を施工した211系3000番台(付属編成), 1988年に登場したJR東海仕様車である。2M3Tを基本とするJR東日本の0・2000番台などとは異なり、4両 (McM'TTc' = 2M2T) または3両 (McM'Tc' = 2M1T) を基本とする電動車比率の高い編成となっている。, 名古屋・静岡都市圏で使用されることから、ラッシュ対策のため、座席はオールロングシートとし、当初はトイレをすべて省略した。また室内からの展望に配慮して、前面貫通扉と運転室助士席側の窓を下方に拡大した(213系電車と同様のデザイン)。室内は、乗降扉の客室側を化粧板仕上げとし、床敷物も暖色系の2色とした。電動車では床面の主電動機点検蓋を省略したことと、主電動機の冷却ファン形状を変更したことにより車内の静粛性を高めたほか、座席は0・2000番台などに比べてクッション材を厚く、奥行きを深く変更したことで座り心地の向上を図っている。網棚はパイプ棚となっている[13]。なお、電気連結器・自動解結装置の装備に伴い、ジャンパ連結器が省略されたことから、前頭部のスカート形状が同社所有の0番台と異なる。また各車両両端4つのドアにはドア締切表示灯が設置され長時間停車時などドアカット時に表示する。車体側面には車外放送用スピーカーが設置されており、車掌がボタンを押しながらマイクを使用すると放送が可能な仕組みになっている。台車はボルスタレス台車であることは同じであるが国鉄時代製造分と異なり、牽引装置が積層ゴム式からZリンク式に変更され、形式名称がC-DT56・C-TR241に改められている。, 補助電源は、従来車の三相交流440Vから直流600Vとしたことから、従来車のブラシレス電動発電機に代わってDC-DCコンバータを採用し、冷房装置もDC-DCコンバータから供給される直流電源によるインバータ制御方式の集約分散式C-AU711D-G1形2基に変更された。除湿機能も付加されている。, 1988年から1991年までにクモハ211形77両(5000番台48両・5600番台20両・6000番台9両)、モハ210形68両、クハ210形77両(5000番台57両・5300番台20両)、サハ211形20両の計242両が製造された。長期にわたって製造されたため、仕様変更も多く、1次車から4次車までに分類される。, 1988年7月に4連×4本、3連×6本の計34両が神領電車区に投入され、中央本線で運用を開始した。側面行先表示機は幕式でなく、省メンテナンスを考慮したLED式になった[注 8]。1段表示のため表示窓の天地が低くなり幕板部の飾り帯と同じ高さとなったのが特徴である。そのため、日本語と英語を同時に表示することができず、両語が交互に表示される。4連は快速運用にも充当された。, 老朽化した103系電車や113系電車の置き換えおよび列車増発、編成増強のため1988年11月から1989年3月までに4連×16本、3連×11本の計97両が神領電車区に、3連×11本の計33両が大垣電車区に投入された。これにより東海道本線での運用も開始された。, 1次車のLED式の側面行先表示機は視認性に難があったため、本次車からは天地寸法はそのままで幕式に変更された。またコンプレッサは容量の大きいものに変更された。なお、サハ211形の増備とクモハ211形5000番台の増備は2次車で終了となる。, 静岡地区への投入も始まり、1989年7月に3連×17本が製造されたが、今回の増備車では新しい区分番台が起こされた。, 1・2次車では短距離運用が主体であることからトイレを省略していたが、車両の増備に伴い中央本線での快速運用が増加した。このため長距離利用客からトイレがないことへの不満が続出し[注 9]、クハ210形にトイレを設置した5300番台が登場した。同時にクモハ211形にも狭小建築限界トンネルの存在する中央本線中津川以北や身延線への入線に備え、屋根の一部をわずかに切下げ、狭小建築限界トンネル対策パンタグラフC-PS24A形を装備した5600番台が登場した。, まず3連×6本が神領電車区に投入され、1・2次車の4連からサハを抜き取り、それを組み込むことで4連化した。残る11本は、神領区にクハ210形5300番台が必要であったこと、静岡地区投入車に身延線の運用を考慮したクモハ211形5600番台が必要だったことから、神領区の2次車4連×11本のクハ210形5000番台と新製車のクハ210形5300番台と差し替えた。差し替えられたクハ210形5000番台は、クモハ211形5600番台を含むユニットと3連を構成し、静岡区に投入された。この編成変更で5000番台系列初の転属車が発生した。, 2次車からの変更点は、側面方向幕が幕式のまま天地寸法が拡大(0番台と同様のサイズとなる)されたほか、将来の最高速度を120km/h対応を考慮して増圧ブレーキを準備工事とした点である。, クハ210形5300番台は、トイレ部分の明かり窓を廃止し、便所対面側の座席は211系2000番台同様に背もたれはロングシートと同じ高さのクロスシートとした。, 1990年3月にクモハ211形5600番台とクハ210形5300番台車を含む3連×3本が神領電車区に投入された。トイレなしで残っていた1次車4連×3本からサハを抜き取り、それを組み込むことで4連化した。この増備で神領区の4連はすべてクハ210形5300番台車組み込みのトイレつきとなった。, さらに静岡地区増備車として新区分番台、1M仕様車であるクモハ211形6000番台が登場している。C-CS59A形主制御器やC-MT64形主電動機を搭載するなど、走行装置は213系5000番台と同仕様であり2両編成での運転が可能となった[注 10]。なおトイレは2連のため省略となり、クハ210形5000番台の連番で新製された。2連×3本が静岡運転所に配置され、輸送力増強用として御殿場線に投入された。, 3次車からの変更点は、先頭車助士席側上部の列車番号表示器を当初から省略して、車外スピーカーの取り付け位置が、窓間の吹き寄せから冷房装置キセ内に変更された。そのため、冷房装置は側面のスリット形状が変更されたC-AU711D-G4形に変更になった。側面方向幕はサイズは3次車と同様だったが、幕の書体がJR東海タイプの書体に変更された(ローマ字表記も頭文字のみ大文字のタイプに変更)。また211系6000番台については客室内貫通扉が213系5000番台や311系と同様の窓面積が大きいタイプに変更された。, 1991年3月には6000番台増備車が2連×6本が静岡運転所に投入された。この増備車では側窓が一部を除いて固定式に変更されている。なお、6000番台は、御殿場線での運用に適さず、今回の増備車とともに全車が東海道線での運用中心に変更された。, 後述の転用改造により0番台グリーン車4形式が改造された。なお、これらの車両にはすべてグリーン車Suicaシステム導入に伴うR/W(リーダ / ライタ)が座席上に取付けられている。, 高崎車両センター所属の1000番台グリーン車(サロ211-1006)の車内登場時に比し、背もたれに立客用手摺が増設されている, 後述の置換えおよび転用により113系2階建グリーン車の2形式が211系へ改造編入された。全車ブレーキ構造を113系から211系のもの(電気指令式空気ブレーキ)に変更する改造を施工されている[14]。これらの車両にもすべてグリーン車Suicaシステム導入にともなうリーダ / ライタが座席の上に取付けられている。, 高崎車両センター所属の1100番台グリーン車左:サロ212-1113右:サロ213-1120両車とも元113系サロ124形から改造されたグリーン車である(2007年3月21日、上野駅), 1100番台グリーン車(サロ212-1113)に設置されたドアスイッチ(2007年3月21日、上野駅), 2004年10月から2006年3月にかけて東海道線で運用されていた国府津車両センター所属の113系がE231系に置換えられるのに伴い、211系仕様で製造され113系に組み込まれていた2階建グリーン車34両(サロ125形5両・サロ124形29両)を211系に改造編入することとなった。2階建グリーン車は宇都宮線・高崎線には既に存在した。ただ、平屋車を併用していた東海道線用グリーン車はグリーン車をすべて2階建車に置き換えることとして、2階建グリーン車34両のうち24両(サロ125形4両・サロ124形20両)を東海道線用に改造編入した。また、平屋車とそれとペアを組む2階建車12組24両を捻出し、残りの10両とともに宇都宮線・高崎線に転用することとした。また、113系がすべてE231系に置換えられた2006年3月18日のダイヤ改正から東海道線・伊東線でもグリーン車Suicaシステムが運用開始となることから、それに対応するための改造も実施されている。なお、後に新製されたサロ213形+サロ212形の2組4両に動きはなく、グリーン車Suicaシステム対応改造を施して東海道線東京口で引き続き運用された。, 前述の東海道線用211系グリーン車の全面2階建化によって捻出される平屋+2階建(サロ211+サロ212×6組とサロ210+サロ213×6組)の12組24両と、東海道線で運用していた113系のE231系への置換えに伴って余剰となるサロ125形1両・サロ124形9両(計34両)を活用し、宇都宮線・高崎線用211系にもグリーン車を連結することとなった。これにより、5両編成を2本合わせてサハ2両を抜き、グリーン車2両を両編成の向い合う先頭車間に連結するという組成変更を行った。これは貫通編成時に編成を丸ごと方向転換する必要があること、211系の場合普通車の付随車であるサハにはトイレ未設置であり、貫通編成にした場合にサハへのトイレ設置工事が必要なことなどによる。グリーン車の組み込みは3000番台34本を使用して行われ、2006年9月までに10両基本編成17本が組成された。登場当初は、乗務員室に従来の編成番号札も存置したまま新たな編成番号札を追加したが、全17編成が出そろったことから、従来の編成番号札は取り外された。, 当初は、1000番台も使用して組成変更が行われる予定であったが、1編成あたりの定員に差が出ることや、後述のE231系投入計画の変更に伴い房総地区への転出が予定されることから、組成変更の予定はなくなった。1000番台は付属編成として使用された。, E231系のグリーン車に導入しているものと同じグリーン車Suicaシステムを導入するため、全座席の上部にSuicaをタッチするためのリーダ / ライタも設置された。, グリーン車組み込みにより編成から外され余剰となったサハ211形3000番台34両は全車廃車となり、2006年5月30日に4両、6月14日に6両、7月9日・23日と8月8日にそれぞれ8両ずつが長野総合車両センターへ回送され、その後解体が行われた。なお、長野総合車両センターに留置しきれなかった車両は、長野駅の留置線や北長野駅の側線、豊野駅の中線に留置された。, 113系2階建グリーン車34両(サロ125形5両・サロ124形29両)を改造編入し、上記のサハ34両を廃車したため、組成変更の前後で211系の総両数に変化はなかった。, なお、同じ頃に両毛線前橋駅 - 前橋大島駅間で踏切事故に遭い、側面が大破したクハ210-3013の復旧に際し、廃車となったサハ211形の車体の一部分を切り取り再利用している[16]。, 2006年3月、JR東日本は宇都宮線・高崎線の上野駅発着列車のグリーン車連結率を100%にすることを決定した。上記の組み込みを完了しただけでは80%程度であったため、7月までにE231系基本編成8本80両と付属編成6本30両の計110両を追加投入し、211系のグリーン車非組み込み編成を置換えた。, 前述のようにグリーン車組み込みは10両基本編成17本が組成されることとなり、3000番台34本を使用して行われた。これに付属編成分として17本が残されたため、残る110両(5両×22本)分をE231系の投入によって捻出。これらの編成のうち70両(5両×14本)は、海岸線沿いを走行し塩害による腐食などが進んでいる房総地区各線の113系の置換え用として、幕張車両センターに転用することになった。残りの40両は、宇都宮線・高崎線の輸送力増強分に振り向けられた。2006年7月ダイヤ改正では上野口の15両運用が増加したため、宇都宮駅 - 黒磯駅間(一部小金井駅 - 黒磯駅間)で運用されていたE231系5両運用が211系5両運用(一部5両+5両運用もあり)に変更された。, 転用編成は、前面種別表示器をLEDから幕式への復元(一部)[注 11]と、車体帯色を変更した上で大宮総合車両センターなどから2006年8月以降順次出場した。幕張車両センター所属の113系の車体色や、鎌倉車両センター所属のE217系の帯色であるクリーム1号と青15号のツートンカラー(スカ色)とは違い、255系・E257系500番台と同色の黄色に薄い青の「房総色」とされた。編成番号はマリ401 - 414と付番され、2006年10月21日から運用を開始した。, 路線カラーによる行先表示は、113系が行先なのに対し、211系は先頭車前面上部が路線を、側面上部には路線を上に、行先を下に表示していた。転用後も半自動ドアスイッチは残されたままであり、2006年12月2日からは、千葉駅や蘇我駅を除き、駅での停車時間が5分以上ある場合に、扉横の半自動ドアスイッチの通年使用が行われていた。, 2007年11月から一部編成で集電効率を上げる目的でパンタグラフを2基に増設する改造が行われた[注 12]。増設されたパンタグラフはシングルアーム式のPS35C形となっており、前後で異なる形態となった。この2基パンタグラフ化に使用されたパンタグラフは、中央線で活躍していた201系の廃車発生品である。この改造はマリ402 - マリ410の9編成に行われ、改造後はマリ501 - マリ509に編成番号が変更された。また、パンタグラフ増設改造の対象外となったマリ401・マリ411 - マリ414はそれぞれマリ401・マリ405 - マリ408に変更された。その後、2008年2月からマリ403編成を皮切りに半自動扉スイッチがE233系タイプに交換された[注 13]。, この房総地区転用車は、京浜東北・根岸線から転用される209系2000・2100番台の導入拡大により、2013年(平成25年)3月16日ダイヤ改正をもって運転を終了した[17] 。, 田町車両センターおよび高崎車両センター所属の本系列は、2011年度から増備が再開されたE233系3000番台によって置き換えが進められた[18]。これは2015年3月の上野東京ライン開業に向けた措置である[18]。, 田町車両センター所属車は2012年4月23日をもって定期運用を終了した[9][10]。高崎車両センター所属車についても、E233系3000番台を基本編成17編成・付属編成16編成(250両)投入して置き換えを進め、2013年3月15日をもって宇都宮線上野口の定期運用を終了。2014年3月14日をもって高崎線での定期運用も終了し、定期運用は両毛線のみとなっていた。, 置き換えられた車両のうち、グリーン車は2014年12月までに全廃。他の付随車も廃車が進められる一方、電動車・制御車は長野地区や高崎地区ローカル運用に転用されている。, 2013年3月16日のダイヤ改正より、他線区で余剰になった一部編成が長野支社管内で既存車両の一部を置き換える形で営業運転を開始すると発表された[19]。2012年6月以降、元幕張車両センター所属および元高崎車両センター所属の一部車両が順次、長野総合車両センターへ転属している[20][21]。老朽化が顕著な115系を淘汰するため、2013年3月15日にはダイヤ改正に先駆けて大糸線で営業運転に投入された。2014年3月以降の運用範囲は、中央本線・篠ノ井線・信越本線・飯田線へも拡大している。また、2014年6月以降は、中央本線立川駅まで運用を拡大している。, JR東日本所属車は、前述のグリーン車置き換え(東海道線用)および組み込み(宇都宮線・高崎線用)が終了してから、乗務員室(クモハ・クハ)にデジタル無線対応工事が順次施工された。これは1986年から各車両に搭載されている列車無線装置(主に新Aタイプ無線)が老朽取替の時期を迎えたことと、特に首都圏では大雪や雷雨などの際に、全線区一斉の情報連絡や指令伝達を実施するなど高い利用率となっており、指令通話回線の増強に迫られたためである。また、列車支援運行業務の充実を図るため、指令通告、徐行区間情報、車両機器状態監視等の列車・地上間のデータ通信需要も拡大していることから、それらを可能とする無線システムへの変更を目的として設置している。, この搭載工事が施行された車両では、乗務員室の天井付近2か所から装置の入った箱が客室側網棚の上へ張り出しているのが特徴である。また、運転台には「デジタル無線対応済み」と表記されたシールが貼付されており、小型の簡易モニタ装置(E231系などに搭載されているTIMSモニタに表示が酷似しているが、ICカードに記憶された時刻表やデジタル列車無線運用時に必要な情報を表示する程度の機能のみ)を設置している。, 高崎車両センターのグリーン車と連結している先頭車では、3号車のクモハ211形にはデジタル無線が設置されていなかったが、6号車のクハ210形には設置されていた。, 東海道線・宇都宮線・高崎線に連結されていた211系グリーン車の組み合わせは、初期のものを含めて、大きく分けると以下の4通りが存在した。なお、全て前者が5号車で後者が4号車である。, また、「田町」は旧田町車両センター所属の略、「高崎」は高崎車両センター所属の略である。, 以下は2018年4月1日時点での状況である[30][31]。投入開始以来ロングシートの収容力を活かし、使用各線の主力車両となっていたが、2006年10月1日のダイヤ改正で東海道本線名古屋地区で使用されていた大垣車両区の3両編成20本が、同車両区の313系の増備および静岡車両区の113系や115系を置換えるため、同年10月中に一部を除き静岡車両区へ転属し、静岡地区で313系とともに使用されている。, JR西日本が1988年4月10日の本四備讃線茶屋町駅 - 宇多津駅間(本四備讃線と宇野線岡山駅 - 茶屋町駅間と予讃線宇多津駅 - 高松駅間を総称して瀬戸大橋線の愛称が付けられた)の開業時に新製した団体・イベント用の車両で、快速「マリンライナー」用のグリーン車クロ212形と同仕様の3両編成である。車体帯はピンク■と青■で、スーパーサルーン「ゆめじ」用として3両編成1本(ただし、クロ212-1001は213系に区別される) が在籍していた。, 瀬戸大橋線開業時には、当時の皇太子・皇太子妃夫妻を乗せて走行した実績がある。快速「マリンライナー」用の電動車は1M方式の213系であるが、この編成は普通鋼製車体で、しかも重量増加のため、電動車はユニット方式の211系(クモロ211形・モロ210形)となった。またこの編成はJR西日本の直流電化区間の全線運用を可能にするため、耐寒耐雪構造および最高運転速度が120km/hとされており、編成を組むクロ212形は1000番台として区別されている。なお、1997年3月に全車リニューアル工事が施工されている。ただし外装はそのままである。1988年度グッドデザイン商品(現在のグッドデザイン賞)に選定された。, 新製時から、岡山電車区(岡山電車区電車センター所属だった時期もあり)所属の213系に、当編成をクモロ+モロ、クロに分割のうえ組込んで使用されることもあった。, なお、JR西日本では221系を製造したため、本形式は「ゆめじ」のみ製造して一般車は作られなかった。, 2003年9月30日まで快速「マリンライナー」として岡山駅 - 高松駅間で使用されていたが、2003年10月1日に快速「マリンライナー」が213系から223系5000番台および四国旅客鉄道(JR四国)の5000系に置換えられ、213系(クロ212形0番台と1000番台を含む)および「ゆめじ」編成による快速「マリンライナー」の運用が終了した。, その後は、岡山電車区に所属し団体専用列車などに使用され、特に毎年元日には、岡山駅 - 琴平駅間で「こんぴら初日の出号」、「こんぴら初詣号」として運転された[35][36]。, 2010年3月7日に岡山駅 - 大野浦駅間で実施されたさよなら運転「ファイナルラン さよなら!スーパーサルーンゆめじ号」での運用をもって、営業運転を終了し[37][38]、同年4月14日に吹田工場に回送され[39]、同年6月30日付けで廃車となった[40]。, 101系 - 103系 - 105系 - 111系 - 113系 - 115系 - 117系 - 119系 - 121系 - 123系 - 201系 - 203系 - 205系 - 207系 - 211系 - 213系 - 301系, 401系 - 403系 - 413系 - 415系 - 417系 - 419系 - 421系 - 423系, 151系 - 153系 - 155系 - 157系 - 159系 - 161系 - 165系 - 167系 - 169系 - 181系 - 183系 - 185系 - 187系(計画のみ) - 189系 - 381系, 451系 - 453系 - 455系 - 457系 - 471系 - 473系 - 475系 - 481系 - 483系 - 485系 - 489系 - 581系 - 583系, 141系 - 143系 - 145系 - 147系 - 191系 - 193系 - 443系 - 495系 - 591系 - 791系, 115系 - E127系 - E129系 - E131系 (運用開始前) - 201系(運用終了) - 205系 - 209系 - 211系 - 215系 - E217系 - E231系 - E233系 - E235系 - クモハ12形(運用終了), クロ157形(運用終了) ‐ 185系 - 251系(運用終了) - 253系 - 255系 - E257系 - E259系 - E261系 - E353系, 485系 - 583系(運用終了) - 651系 - E653系 - E655系 - E657系, キハ40系 - キハ100系 - キハ110系 - キハE120形 - キハE130系 - キハ141系 - キハE200形 - HB-E210系 - HB-E300系 - GV-E400系, ワム80000形 - チ1000形 - チキ5200形 - チキ5500形 - チキ6000形 - ホキ800形, C57形(180号機) - C58形(239号機) - C61形(20号機) - D51形(498号機), DD14形(運用終了) - DD16形 - DD51形 - DE10形 - DE11形 - DE15形, 101系 - 103系 - 105系 - 107系 - 113系 - 123系 - 203系 - 207系 - 301系 - E331系 - 901系 - クモハ40形, ワム60000形 - ワキ10000形 - トラ70000形 - トラ90000形 - チキ7000形 - ヨ3500形 - ヨ5000形 - ヨ8000形 ‐ケ10形 - ソ80形 - ソ300形, 103系 - 113系 - 115系 - 117系(トレイン117) - 119系 - 123系 - クモハ12形, ワム80000形 - トラ90000形 - チキ5200形 - チキ5500形 - チキ6000形 - ホキ800形 - ヨ8000形 - ケ10形 - ソ80形, 103系 - 105系 - 113系 - 115系 - 117系 - 123系 - 125系 - 201系 - 205系 - 207系 - 213系 - 221系 - 223系 - 225系 - 227系 - 321系 - 323系 - クモハ42形(運用終了), 271系 - 281系 - 283系 - 285系 - 287系 - 289系 - 381系, トラ45000形 - チキ5200形 - チキ5500形 - チキ6000形 - チキ7000形 - ホキ800形, C56形(160号機) - C57形(1号機) - C61形(2号機、展示用) - C62形(2号機、展示用) - D51形(200号機), ワム80000形 - ワキ5000形 - ワキ10000形 - トラ70000形 - チ1000形 - ケ10形 - ソ80形 - ヨ8000形, EF15形 - EF58形 - EF59形 - EF60形 - EF64形 - EF66形, 各基地の配置両数は、特定日の配置両数が記載された資料に基づいて編集してください。転出・転入の都度逐次反映することはおやめください。, 東海道線(田町電車区・当時)向け85両、東北線・高崎線(新前橋電車区・当時)向け165両。, JR東日本製造の本系列325両のうち、およそ75 %にあたる250両が川崎重工業製である。, 電気連結器と自動解結装置は取り付けられたが、1999年12月ダイヤ改正までは、併結運用自体が存在しなかった。, 中津川行き快速は名古屋駅 - 中津川駅間79.9kmを約80分で走破するが、この列車はデータイムに1989年時点では毎時1本、2019年時点でも毎時2本しかなく、トイレのために下車すると大幅に目的地到達が遅れてしまう問題があるため。, 高崎車両センター所属車のうち、新製配置が新前橋電車区の編成(A1 - A46とB編成)は1998年から2002年にかけて順次LED化されたが、新製配置が小山電車区の編成 (A47 - A62) は新前橋転属後もしばらくの間は幕式のままであった。その後、2005年 - 2006年のサロ組み込みや幕張への転属に合わせて整理が行われ、高崎車両センターに残留する編成はLED式に、幕張車両センターへ転属した編成は幕式に統一された。これに伴って幕式→LED式への変更(新製配置が小山電車区の編成の一部)やLED式→幕式への復元(新製配置が新前橋電車区の編成の一部)が行われた。ただし、A36編成は前面種別表示器が幕式化されたものの幕張車両センターに転属せず、高崎車両センター所属では唯一前面種別表示器が幕式の編成となっている。, 高崎車両センター所属の車両でも2008年10月頃から一部の編成でパンタグラフが2基に増設された。なお、これらの編成に関しては増設分に加え既存のものもシングルアーム式のPS33E形に交換されている。, 高崎車両センター所属車でも、2006年末から2007年にかけて普通車の車外の半自動扉スイッチが, 編成記号のうち「LL」は2006年10月中に大垣車両区から当車両区へ転属し「LL」と改めた編成、また、「SS」はかつての「するがシャトル」に由来している。詳細は, 鉄道ジャーナル社「鉄道ジャーナル」1986年5月号特集「'86年春の新型車両」15-23P記事。, 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」2012年12月号特集「211系・213系電車」記事20P。, 川崎重工業車両カンパニー「未来へ続く100年の軌跡:兵庫工場100年史」131P「JR東日本向け通勤・近郊電車の大量受注」記事, 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」2012年12月号特集「211系・213系電車」車歴表。, エリエイ「とれいん」2009年11月号MODELERS FILE「最後の国電新製車211系」pp.26 - 38。, 交友社「鉄道ファン」2012年7月号特集「JR車両ファイル 2012」36頁ならびに鉄道ジャーナル社「鉄道ジャーナル」2012年7月号RAILWAY TOPICS149頁記事参照。, 交友社「鉄道ファン」1986年12月号特集「61-11ダイヤ改正」25-26P・61-62P記事。, エリエイ「とれいん誌」2012年1月号いちぶんのいち情報室198頁「JR東日本E233-3000番代田町に投入」参照。, ジェー・アール・アール編『JR電車編成表』2018夏 ジェー・アール・アール、交通新聞社、2018年、p.58・59・104・105。, ネコ・パブリッシング「レイルマガジン」2013年5月号「211系長野車運転開始へ」記事。, 交友社「鉄道ファン」2013年5月号CAR INFO「長野地区向け211系」記事。, ジェー・アール・アール編『JR電車編成表』2016夏 ジェー・アール・アール、交通新聞社、2016年、p.58・59・104・105。, ジェー・アール・アール編『JR電車編成表』2018夏 ジェー・アール・アール、交通新聞社、2018年、p.114・115・118・119。, 『ありがとう211系電車で行く“急行 伊豆”の旅』開催 - 鉄道ファン railf.jp, 451系 - 453系 - 455系 - 457系 - 471系 - 473系 - 475系, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=国鉄211系電車&oldid=80374036, 6両 (4M2T) - 5両 (2M3T) - 4両 (2M2T) - 3両 (2M1T), 1989年度の増備車(N24編成・N59編成以降・クモハ211形・モハ210形・クハ210形の車番3036以降)からは、ATS-P形の準備工事が行われ、運転台計器盤に表示灯が組み込まれた, 1990年度の増備車(N25編成・N60編成以降、クモハ211形・モハ210形・クハ210形の車番3047以降)からは、電動車客室床面の主電動機点検フタを廃止, 1991年度の増備車(N32編成・N64編成、クモハ211形・モハ210形・クハ210形の車番3054以降)からは、前面屋根部と前面貫通扉上部に雨樋を設置, 大垣区への2次車の投入に伴い東海道線での運用が開始されたが、合わせて神領区に配置されている本系列の東海道線への進出も開始された。ただし、大垣区の本系列は、後年の静岡区転出まで中央線で定期運用に就くことはなかった。列車番号表示器は使用されないことから、先頭車の車番を表示するようになった。, 前面方向幕は普通列車の場合は行先(ローマ字併記)を表示するように変更された。(快速列車の場合は白地に青で「快速」の表示、行先は表示されない)。ただし、静岡区配置車の行先表示は、日本語のみの表記だった。, 大垣、神領区配置車の前面方向幕(ローマ字併記)がJR東海タイプの書体に変更され(快速列車の場合は青地に白で「快速」の表示)、3次車の側面方向幕も4次車同様に書体がJR東海タイプの書体に変更された(ローマ字表記も頭文字のみ大文字のタイプに変更)。ただし、2次車の幕は変更されなかったほか、静岡区配置車にも変更は無かった。, サハを抜かれたK20編成はK125編成として3連運用と共通で運用された。一時的にクハ210形が別の編成の同形式に差換えられたこともあった。, 神領、大垣の2次車の側面方向幕が天地寸法はそのままで書体がJR東海タイプに変更された。, 静岡地区では113系電車を含め、列車番号表示機の使用を中止した。本系列は、名古屋地区のものとは異なり、非表示(番号札自体が取り外された)となったほか、前面、側面とも方向幕をJR東海書体のものに変更した。, 313系増備車の投入に伴い、大垣区の5000番台の運用が消滅し、3連20本が静岡区へ転属された。これによって大垣区では5000番台の配置がなくなり、同区へ配置の211系は先述の0番台8両(4連2本)のみとなった。一方で静岡区配置の5000番台は大垣区からの転属によりそれまでの51両(3連11本、2連9本)から111両(3連31本、2連9本)にまで増加し、同区の113・115系の一部が置き換えられた。なお、神領区へも313系増備車が29両投入されたものの、同区所属の211系には特に大きな動きは見られなかった。, 静岡車両区配置の313系の種別表示を211系側に対応した表示が出るように改修し、313系併結時でも前面に行先の表示を可能とした。また視確性向上のため、先頭車の貫通扉の渡り板に塗装を施した車両も登場している。, 2010年から投入されている313系4次車同様、床面の靴ずり部への黄着色の追加と、優先座席のロングシートの座席表皮をオレンジ色のもの(313系優先席と同一のモケット生地)へ変更した車両が登場した。, 助士席側前面窓ガラス下部と乗務員扉窓ガラス下部に、切り抜き文字による編成番号を標記, サロ211/サロ212-1 - 6 → サロ211/サロ212-1001 - 1006, サロ210/サロ213-1 - 6 → サロ210/サロ213-1001 - 1006, 1986年製(24両):サハ211-3003・3004・3007・3008・3011・3012・3015 - 3018・3021・3022・3025・3026・3029・3030・3033 - 3038・3043・3044, 1991年製(6両):サハ211-3111・3112・3115・3116・3119・3120, 0番台6両編成6本(N601 - N606編成)。セミクロスシートである。東京総合車両センターの旧10両編成のサハ、サロ以外が改造され転入した, 1000番台3両編成11本(N317 - N327編成)。セミクロスシートである。高崎車両センターの旧B編成のサハ以外が改造され転入した, 2000番台6両編成8本(N607 - N614編成)。ロングシートである。東京総合車両センターの旧10両編成のサハ、サロ以外が改造され転入した, 3000番台3両編成25本(N301 - N316・N331 - N339編成)。ロングシートである。幕張車両センターに所属していた全編成の一部車両と高崎車両センターの旧A編成・C編成の一部車両が改造され転入した, 甲府・長野地区の115系置き換えを目的として、2013年3月16日ダイヤ改正に合わせて3000番台3両編成8本が導入され, 転用にあたっては、大宮、秋田、長野の各総合車両センターにおいて改造工事が施工された。転用改造工事内容は以下の通りである。, 車体カラー帯を長野地区の115系・E127系100番台に合わせたアルパインブルー + リフレッシンググリーンの「長野色」に変更, 狭小トンネル断面に対応したPS33E形シングルアーム式パンタグラフへの交換、「◆」マークの貼り付け, 客室は基本的に大きな変更点はないが、客用ドア部の床敷物を黄色着色に変更したほか、寒冷地を走行することから暖房装置の容量増加などが図られている, 3000番台4両編成23本(A2・A3・A9・A10・A25 - A28・A30 - A34・A36・A37・A51・A52・A56 - A61編成。A31 - A34・A36・A37編成の計6本はパンタグラフを2台装備), 3000番台3両編成14本(A4 - A8・A11・A12・A14・A15・A19・A21・A22・A29・A47編成), A25 - A28・A30 - A34・A36・A37編成の計11本を除く26本は、C編成の一部を組み替えた編成である。, 旧C1 → A2・A3、旧C2 → A6・A7、旧C3 → A58・A59、旧C4 → A4・A5、旧C5 → A56・A57、旧C6 → A19・A21、旧C7 → A51・A52、旧C8 → A22・A29、旧C13 → A8・A14、旧C14 → A60・A61、旧C15 → A15・A47、旧C16 → A9・A10、旧C17 → A11・A12。, 2010年3月より、先頭部のスカートにV字状の鉄板を取り付け、その排障機能を高めた車両が登場したほか、2016年7月出場からは、先頭車の前位寄り台車に, 宇都宮線(上野駅 - 宇都宮駅間)・高崎線・上越線(高崎駅 - 新前橋駅間)・両毛線(新前橋駅 - 前橋駅間)で運用されていた。ただし、高崎線における15両編成の運用は, C編成のうち、C1 - C12編成は平屋グリーン車1両+2階建グリーン車1両連結、C13 - C17編成は2階建グリーン車2両連結であった。, A編成およびB編成は、2006年7月以降深谷駅 - 高崎駅間では営業運転に充当されておらず、出入庫運用として籠原駅 - 新前橋駅間に回送列車が設定されているのみだった。, 稀にC編成の6号車 - 10号車の5両単独でA編成・B編成同様に付属編成扱いで使用されることもあった。, 区別のため、表示幕が路線によって色分けされており、上野行きおよび高崎線は白に黒文字、宇都宮線は緑に白文字となっていた。, 2013年3月15日をもって、宇都宮線(大宮駅 - 宇都宮駅間)における10両編成(C編成)または15両編成(C編成+A編成またはB編成)の運用が終了した。, 2014年3月14日をもって、宇都宮線(上野駅 - 大宮駅間)および高崎線、上越線(高崎駅 - 新前橋駅間)における10両編成(C編成)または15両編成(C編成+A編成またはB編成)の運用が終了した。, 2018年時点で、両毛線と宇都宮線(小山駅 - 宇都宮駅間)、上越線(高崎駅 - 水上駅間)、吾妻線、信越本線(高崎駅 - 横川駅間)で運用されている。, 2009年12月中旬より、冬季の間、両毛線運用車の一部が2パンタ装備編成限定とされ、両方のパンタグラフを上げて運用されている。また、高崎車両センター所属の, 2018年時点で、3両編成に単独編成での定期運用は存在せず、常に2編成併結した状態で6両固定編成として営業運転に入っている。編成中間の制御車の排障器は交換されておらず、運転台には「この運転台は構内に限り使用可能です。」との注意書きがある。, パンタグラフは全車PS33E形シングルアーム式に交換済み。付属編成のクモハ211形3000番台のパンタグラフは一部編成で2パンタ化されている(増設されたパンタグラフもPS33E形シングルアーム式)。, 最大在籍時は210両(0番台10両編成6本、2000番台10両編成8本、2000番台5両編成14本)が在籍したが、10両編成中グリーン車を含む付随車と5両編成(N51 - N64編成)はすべて廃車され、6両編成化された0番台6本、2000番台8本が長野総合車両センターに転属した。, 0・2000番台の10両編成は共通運用で、5両編成を併結して最大15両編成で普通および快速「アクティー」に運用された。下りの, 下記は全編成に2階建グリーン車が2両連結された当時の編成形態を示している。新製当初からはグリーン車の組み合わせ以外、変更点はない(上記記述も参照)。, サロ211形(Ts)25.8t、サロ210形(Ts')25.1t、サロ213形31.4t、サロ212形30.7t, 3000番台5両編成14本(マリ401・405-408・501-509編成・最大在籍時)501-509編成は、クモハ211の運転台側にPS35C形シングルアーム式パンタグラフを増設した編成である。, 113系の6両編成の運用を2グループに分離、その1グループを211系に置換えて運用された。, 総武本線・成田線では113系6両編成の運用をすべて211系へ置き換えた。一方で、外房線・内房線・東金線での運用は導入当初から少なく、外房線・内房線では10両編成(5両+5両)での運用も設定されたが、後に209系10両編成(6両+4両)に変更された。2011年10月1日の運用改定で外房線・内房線・東金線での運用を終了した。, クモハ211形の一部は2パンタ化されている。(増設パンタはPS35C形シングルアーム式)。, 5000番台4両編成20本(K1 - K20編成、全編成のクハ210形はトイレ付車両, 5000番台3両編成17本(K101 - K117編成、全編成のクハ210形はトイレなし車両が連結), 朝夕のラッシュ時に10両編成で、その他8両・6両編成で中央本線名古屋駅 - 南木曽駅間の普通と快速で運用され、平日朝と夕方には愛知環状鉄道線高蔵寺駅 - 瀬戸口駅間の運用が存在する。編成内容は同番台との併結もあるが、313系との併結が多い。なお、愛知環状鉄道線へは万博終了後も定期列車として岡崎駅までの乗入れ列車が設定されていたが、現在は瀬戸口駅までに縮小された。, 上記区間の他、朝と夕方以降に関西本線名古屋駅 - 亀山駅間でも運用される。2007年3月18日のダイヤ改正以降日中の中央本線での運用が一部313系に置換えられ、2011年10月には213系5000番台が撤退した代わりに関西本線での運用を開始した。0番台は日中の列車には充当されておらず、朝と夕方以降の関西本線の列車で運用されている。0番台は原則として中央本線で営業列車として運用されることはなく、関西本線への送り込み回送列車として運用されるのみである。, 愛知環状鉄道線高蔵寺駅 - 瀬戸口駅間で朝夕ラッシュ時の運用がある。かつては中央本線や関西本線内で3両単独運用が設定されていた。, 211系0番台や313系1000番台に予備編成が確保されていないため、検査時には5000番台が共通予備車として代走する。また、211系の予備車が不足する場合には4両編成からサハ211形を外し3両編成の代走を行うこともある。「エキスポシャトル」運転時にも3両編成が不足したため、同様の処置がとられていた。, 5000番台3両編成31本(SS1 - SS11編成11本および大垣車両区から転入のLL1 - LL20編成20本、SS編成のクモハ211形は狭小トンネル対応車5600番台が連結), 東海道本線静岡地区の熱海駅 - 豊橋駅間の普通列車では全区間において、御殿場線では一部区間において共通運用されている。2006年10月から2007年3月18日のダイヤ改正までは、朝の上り豊橋発静岡行きと夕方の下り静岡発豊橋行きにそれぞれ1本ずつ通勤快速の運用, 新製当初は御殿場線を中心に運用されたが、2両編成でトイレなしのロングシートという仕様は閑散路線の運用に適さなかったため、増備車の投入とともに東海道本線系統中心の運用に変更された。現在は御殿場線国府津駅 - 沼津駅間と東海道本線熱海駅 - 豊橋駅間、身延線富士駅 - 西富士宮駅間で運用されている。大多数の運用が2両+2両の併結か、LL編成およびSS編成、313系との併結で運用されている。2009年3月ダイヤ改正から313系2500番台との併結で身延線西富士宮駅までの運転を開始した。なお、新製当初はG編成と称していたが、前述のLL編成運用開始に伴いGG編成に改称された。, 2009年11月1日に「佐久間レールパークフィナーレ号」として神領車両区の4両編成1本(K11編成)が豊橋駅 - 中部天竜駅間を1往復した(17号→8号)。なお、往路では側面行先幕に「中部天竜」と表示して走行した。, 2015年3月の武豊線電化以降、武豊線沿線でのイベント開催時には、通常使用される313系1300番台の2両編成では輸送力が不足する為、神領車両区所属の5000番台4両編成が応援運用に入ることがある.