□ 西武柳沢2号 第1回 三岐線車輌編」 (2011) pp.60 - 63, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=西武701系電車&oldid=77060332, クハ1601 - 1606は他形式の制御車へ転用、クハ1651形1657 - 1662と改称・改番, 西尾恵介 『RM LIBRARY31 所沢車輌工場ものがたり(下)』 ネコ・パブリッシング 2002年2月, 今城光英・酒井英夫・加藤新一 「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 3」 1970年1月(通巻233)号 pp.77 - 87, 酒井英夫・今城光英・加藤新一 「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 終」 1970年4月(通巻236)号 pp.66 - 77, 酒井英夫 「私鉄車両めぐり(100) 西武鉄道・補遺」 1973年11月(通巻285)号 pp.58 - 62, 園田政雄 「西武鉄道 時代を築いた電車たち」 1992年5月(通巻560)号 pp.150 - 160, 小松丘・大山俊行・高橋健一 「他社へ譲渡された西武鉄道の車両」 1992年5月(通巻560)号 pp.217 - 236, 小林尚智 「私鉄車両めぐり(147) 西武鉄道」 1992年5月(通巻560)号 pp.250 - 280, 出口正典・諸岡雅宏 「私鉄車両めぐり(162) 西日本鉄道」 1999年4月(通巻668)号 pp.187 - 203, 山本宏之 「現有私鉄概説 北陸鉄道」 2001年5月(通巻701)号 pp.81 - 90, 山崎公之 「輸送と運転 近年の動向」 2002年4月(通巻716)号 pp.30 - 42, 鉄道ピクトリアル編集部 「西武の輸送近代化に活躍した車両たち」 2002年4月(通巻716)号 pp.185 - 187, 千田宏喜 「1970年代の西武線を駆け抜けた赤い電車たち」 2002年4月(通巻716)号 pp.209 - 213, 岡崎利生 「西武所沢車両工場出身の電車たち(譲渡車両の動向)」 2002年4月(通巻716)号 pp.214 - 223, 粂川零一 「FS-372系列台車のエピソード」 2002年4月(通巻716)号 pp.224 - 228, 蒲池収 「RAIL PLAZA 心が痛む車両の最期 解体が進む西武701系」 1989年8月(通巻64)号 p.137, 楠居利彦 「“赤電”が主力だった頃の西武電車」 2011年2月(通巻322)号 pp.36 - 41, 南野哲志 「徹底解説、三岐鉄道! □ 西武 101系(新)・301系 | コメント (2) 西武所沢車両工場で製造されたグループ(227~233・255~261fが該当)。 この257編成は早くから新宿線に転用されていた。701系と併結できるように先頭車の電気連結器を交換したため、一 般の101系と区別する意味で電気連結器カバーが黄色に塗装された。 ), 【西武】 「幸運の赤い電車」(レッド ラッキー トレイン)出発式・西武球場前展示 (2014.7.19. | トラックバック (0) □ 西武20000系 7月19日、ネコ・パブリッシング社から「写真で見る西武鉄道100年」が発売されます。西武鉄道全面協力による、写真中心のグラビアブックで社史に近い扱い。なお、7月16日~22日は西武鉄道の車内吊り広告にも発売告知を掲出。2009年の「西武だいすきスマイルブック」に続く、西武鉄道オフィシャルブック扱いになるようで、書店の他、西武鉄道駅売店でも購入出来るようです。稚拙ながら、私の写真も数点使って頂きました。西武に纏わる書籍は多々有りますが、西武鉄道が発刊に係わる書籍は珍しく、資料的価値も大きい事から手に取って頂くと良いと思います。240頁に広がる西武鉄道100年の歴史は、十分に読み応えが有るでしょう。, 2013年7月18日 (木) □ -西武鉄道 全ての記事-, □ 西武6000系, □ 西武4000系, □ 西武2000系 ・ 新2000系, □ 西武 101系(新)・301系, □ 西武401系・701系・801系, □ 西武5000系 -レッドアロー-, □ 西武8500系 -レオライナー-, □ 西武30000系, □ 西武懐かしの車両たち, □ 西武E851・E31ほか 電機, □ 西武10000系 -NRA-, □ 西武鉄道その他の話題, □ 西武【臨時】 (野球臨以外), □ 西武3000系, □ 西武9000系, □ 西武20000系, □ 西武切符・カード・グッズ類, □ 西武【野球臨】, □ 西武イベント・催事, □ 西武HM付・ラッピング編成, □ 西武保谷7号, □ 西武柳沢2号, □ 西武 101系(旧) | 固定リンク □ 西武6000系 ■ ライオンズ応援歌 ■ 赤電カラーの復活イベント運転か何かで、私は実家に行ったついでに撮っており、当時、オマケ程度の考えだったせいか一眼レフではなくコンデジ超適当撮影だったのが今更悔やまれ、面倒臭がって近場撮影したのもミエミエ。勿体無い(^-^; このマスクの赤電、701系・801系なら幼少時に記憶が有るが、101系に無理矢理塗ってしまったので違和感が。まぁ、801系の赤電として見る分には良いのかも。, 2001年といえば、JR・民鉄各社がリバイバル塗装を積極的に実施していた頃ですね。, 【西武】横浜エリア、元町・中華街に西武イエローがやって来た (2015.4.19. □ 西武Youtube動画付き記事 ), 【西武・701系】 第二弾 旧『奥武蔵』マーク付きで運転された、701系「快速急行 西武秩父」&横瀬イベント (1996.10.12. □ 西武401系・701系・801系 Tweet, ■ ライオンズ レオ・ライナ ■ | コメント (0)

701系は、601系で手が着けられなかった車体を大幅に見直し、以降の西武 スタイルを確立させたという意味で、良く練られた設計だったと思います。 それの完成版が801系であり、101系だったと思います。

), 【西武】 「赤一色」+「黄戸袋窓」の9103F 武蔵丘→小手指出場試運転 (2014年7月16日), 【京急】 ブルスカ606・2157並びと、イエロー1057・ブルスカ2157並び(上大岡・三崎口), 【西武】 20000系20151F「埼玉版 ウーマノミクス」HM・ラッピング編成登場, 【西武 701系】 「さよなら701系」(西武新宿-西武球場前往復・781F使用)のポジが出てきました~ (1997.2.22.

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■ 埼玉西武ライオンズ全て ■ Tweet, いずれも1984~1985年に撮影した、西武新宿線(西武新宿発)から直通の「西武球場前」行き野球臨。中学生の時に撮影した写真故、ヘタレ具合はご勘弁…, ※画像①②は701系6+4の快速急行(武蔵関-東伏見)。③は701系6+401系2の準急(西武柳沢-田無)。④は新101系(黄色連結器)4+701系4の快速急行(所沢)。, 当時の記憶はほとんど無いが、今や西武新宿からの直通野球臨は平日・土休日問わず僅かに「急行」1本。この当時、土休日ゲームは最速の「快速急行」主体に数本、平日ナイターは「準急 田無」の延長運転主体だった記憶が有る。なんせ、ライオンズ黄金期の頃だから、他線区からの直通野球臨も種別・本数から見て黄金期だったのかも知れない。新宿線からの直通とはいえ2000系の直通は無く、401・501・701・新101系が主体。しかも新101系は新宿線配置の他形式連結対応で、連結器に黄色の色挿しが有った。, 2009年1月 7日 (水) □ -西武鉄道 全ての記事-, ■ 埼玉西武ライオンズ全て ■, □ 西武 101系(新)・301系, □ 西武401系・701系・801系, □ 西武【野球臨】 | 固定リンク | トラックバック (0) 私の中では、赤電=吊りかけそのうち、Bチームさんのモジュールとかも投稿: Bチームのメンバーに西武線沿線住民が多いもので、必然的に…ってカンジです。秩父線レイアウト、すでにメンバーがミニレイアウトで作っています。とりあえず、昔から作りたかったモノ(西武&中央線系)を全部仕上げたら、京急や小田急あたりのモジュールなんてのも…と考えています♪のんびり行こうぜ。投稿: まりりん | 2009年2月19日 (木) 17時12分かなり昔・・・・・・西武新宿線の各駅停車って最長6両編成だったんですよね!!(4両編成の場合もあった。)西武新宿線の各駅停車は、701系4両編成+451系2両編成or411系2両編成、801系4両編成+451系2両編成or411系2両編成または・・・・・2代目501系4両編成+451系2両編成or411系2両編成だったのを覚えています。411系って、側面が701系タイプと801系タイプがあったんでしたっけ??411系の側面が701系タイプなら覚えていますね。411系の側面が801系タイプも見た事があります。投稿: マスダっち | 2010年9月20日 (月) 15時04分 ↑西武池袋線のスターだった701系これは1965年あたりの撮影。前面鉄板非補強車。乗務員ドアはツライチになった。(池) 遠くに離合した351系(多分)が写っている。501だったらどうするかって? 知らんわ。リコーフレックス6×6、シャッター100/1秒? DB15形 - DC30形 西武鉄道 旧101系、701系、801系の車体について西武鉄道 旧101系、701系、801系の車体は、共通仕様だったのでしょうか?前面の方向幕位置、ライト位置、窓の高さ、乗客用ドア位置、雨どい位置等、車体に関する違いがあれば、知りたいです。詳しい方、ご教授の程よろしくお願い致しま … 過去の車両(鉄道線用) 主に701系、801系、101系(一部)の増結用と西武園線などの支線単独運転用に使われていた。 自分が子供の頃は専ら4+4の旧101系8両に増結でくっ付いてて、凄く異質な感じがして好きだった。 最後は近江鉄道などで活躍。 近江のは顔面を変えたのが多い。 西武鉄道 旧101系、701系、801系の車体は、共通仕様だったのでしょうか?, 西武鉄道 旧101系、701系、801系の車体について西武鉄道 旧101系、701系、801系の車体は、共通仕様だったのでしょうか?前面の方向幕位置、ライト位置、窓の高さ、乗客用ドア位置、雨どい位置等、車体に関する違いがあれば、知りたいです。詳しい方、ご教授の程よろしくお願い致しま …. □ 西武【野球臨】 | トラックバック (0)

□ 西武5000系 -レッドアロー- □ 西武イベント・催事 | コメント (2)

), 「【西武・401系】 旧『奥武蔵』マーク付きで運転された、401系「快速急行 西武秩父」&横瀬イベント」, 【西武・401系】 旧『奥武蔵』マーク付きで運転された、401系「快速急行 西武秩父」&横瀬イベント (1996.10.12. □ -西武鉄道 全ての記事- | コメント (4) | トラックバック (0)

西武701系・401系前期型・411系も窓・扉位置は同じなので加工すれば作れます。 新旧101系で前面以外にも違いがあるのですが、このキットは折衷タイプになってしまっています。 ・側面は初期型タイプ。乗務員扉となりの窓幅が後期型は狭くなっています。 2011/11/19 西武鉄道 旧101系、701系、801系の車体について 西武の一昔前の話題でも。 1997年2月22日、 西武401系と701系が引退。 これを前に、 1996年10月12日 、池袋-西武秩父間で、 「401系2連×2+701系4連×1 (8両編成)」 による 「 快速急行 西武秩父 」 行 きがイベント運転で実現。 新宿線系統で活躍していた401・701系の池袋線・秩父線走行に加え、 旧柄 … 当たりですよね。それだけ、西武の赤電は地域に溶け込んでいたのでしょう。 私は、最近、101系初期型を仕入れるなど、西武の鉄板電車を増やしています。701も是非、買わねば。 2017年2月5日 13:16 みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!Q&Aをキーワードで検索: 模型店の店頭で「鉄道コレクション」の「三岐鉄道801系西武カラー」なる製品を眺めていましたら、これを使って西武鉄道の3代目501系が出来るのではあるまいかと不意にひらめいてしまいました。現在、別の模型にも取り組んでいるのですが、そちらは一休みしまして、西武の3代目501系もどきを作ったお話をします。  そもそも西武鉄道3代目501系とは何ぞやというお話になるのですが、701系を6連化した際に余剰となったクハ1701形を電装し、2輛編成とした電車です。登場は昭和56(1981)年でした。その電装ですが、当時増備が続いていた新101系と同等の性能としたことが、後々問題となりました。以前、西武7000系についてご紹介した折にも書きましたが、併結相手の701・801系との性能特性の違いから、加減速時に前後衝動が生じるなどの問題点があることから次第に持て余され、平成2(1990)年には全車廃車されています。その後、台車などは改造の上10000系に転用されました。 わずか6輛の少数派で、しかも短命であった3代目501系のことですから、資料もあまりありません。西武新宿行きの先頭に立ち活躍する姿は鮮明に覚えているのですが、写真はほとんど撮っていませんでした。書籍では、形式写真の美しさでは定評のある『私鉄電車のアルバム・4C』(交友社)のほか、意外なところで『私鉄の車両6・西武鉄道』(保育社)に鮮明な写真が出ていましたが、それでも不明点が多々あります。今回の工作にあたり、ネットで3代目501系を作られた方の作品もあれこれ拝見しましたが、どの作者の方も資料不足を痛感しておられ、特に屋根上などは推測で工作されている方が多いようです。  さて、私の工作についてですが、種車はクハ+モハ+クモハとなります。「西武カラー」ということで、車体の塗装の心配がないのが嬉しいところです。車体は両端の先頭車を使用し、クモハ501(偶数車)はほぼ製品のまま、クモハ501(奇数車)については、クハの屋根(先頭部)とモハの屋根を切り継ぎ工作しています。台車(FS372)はクハ用と手持ち部品から捻出しています。パンタはトミックスのPS16P、動力については、当初は入れようかとも思いましたが、併結相手のマイクロエース製西武701系との性能の違いから、実物同様の走行トラブルがあっても困りますし、トレーラー化しました。先頭部のカプラーは、これも以前触れましたが、701系冷改車の一統はTNカプラーとしていますので、トミックスのJC25を使いました。床下機器については、最初は横着を決め込んで製品そのままで考えていましたが、やはり101系同様の下回りを再現したく、これも「鉄コレ」の三岐鉄道751系(元西武新101系)の床下機器を流用しました。この際、座席パーツも交換しています。クーラーは銀色としていますが、これはどうやら誤りのようで、ストックしてあるライトグレーのものと交換することになるかも知れません。そして、危うく忘れるところでした、方向幕の「近鉄冨田」を「西武新宿」に変更します。   かくしてとりあえずの完成をみた西武鉄道3代目501系もどき、ナンバーをどうするのかといった問題はまだ残っていますが、私にとっては念願の車輛の一つがラインナップに加わりました。それにしても西武鉄道の501系という電車、歴代「怪力無双」の電車ばかりという印象がありますね。初代は自らは17m級でありながら20m級の付随車を従え、戦後の西武線に新風を吹き込みました。2代目は時に「2M4T」などという無茶な編成を組まされ、最晩年まで高性能車に伍して秩父線ハイキング急行に使用されました。そして併結相手との性能差から寿命を縮めてしまった3代目となりますが、こうなると、電機の代わりを務めているオールMの101系263Fに、4代目501系を襲名してほしくなりますね。. 老朽化した1100系(元西武701系)を置き換える目的で1300系として新101系の283編成・235編成から1235-235-284の3両固定編成に組み替え、改造の上譲渡された。その後、2009年には291編成と237編成から1237-237-292の3両固定編成に組み替え、改造の上譲渡された。

西武鉄道 旧101系、701系、801系の車体について西武鉄道 旧101系、701系、801系の車体は、共通仕様だったのでしょうか? 前面の方向幕位置、ライト位置、窓の高さ、乗客用ドア位置、雨どい位置等、車体に関する違いがあれば、知りたいです。 ● 秩父鉄道, 1997年2月22日、「さよなら701系」として781F4連を使用し、西武新宿-西武球場前往復で701系の引退記念列車が運転されました。. □ 西武30000系

| トラックバック (0) □ 西武2000系 ・ 新2000系 □ 西武E851・E31ほか 電機 ● 富山地方鉄道 西武101系電車(せいぶ101けいでんしゃ)は、1969年(昭和44年)に登場した西武鉄道の通勤車両[1]。, また、本項では新101系と同一機器、同一構造の西武301系電車(せいぶ301けいでんしゃ)についても述べる。, 101系は、「旧101系」(低運転台車、1969 - 1976年製造)と「新101系・301系」(高運転台車、1979 - 1984年製造)の2種類が存在する。このうち旧101系は2010年(平成22年)11月9日をもって、301系は2012年(平成24年)12月9日をもって全ての営業運転を終了、全車廃車となっている。, なお、本項では個別の編成について、「N編成(N=編成中の最若番車両の番号)」の表記とする。, 1969年(昭和44年)の西武秩父線開業に合わせて山岳路線を走行するための高出力・高ブレーキ性能の車両として登場し、同年3月5日に西武秩父線の開通より一足早く営業運転を開始した。登場時は「ASカー(All round Service Car)」とも称された。1976年(昭和51年)までに4両編成50本(200両)と6両編成13本(78両)の計278両が新製された。このうち6両固定編成の電動車2ユニット中1ユニットには当時の大手民鉄では珍しいハイフン付ナンバー(モハ101-21 - 30・201 - 216)が登場している。車両形式は制御車のクハ1101形と中間電動車のモハ101形のみである。, 車体前面は非貫通・2枚窓で、上部中央には手動巻き取り式の行き先表示器(方向幕)が、その左右に後部標識灯と通過標識灯が搭載されている。向かって右側の後部標識灯下(運転席窓上)には乗務員室用通風口のフタを有する。前面窓下に前照灯を左右1灯ずつ装備し、その下にはステンレス製の飾り帯が巻かれている。前面の方向幕は列車種別表示器が無いため、準急以上の種別は運転席窓内の向かって左上に種別名が書かれた札を掲示し、普通(各駅停車)では掲示を行わなかった。なお車体側面には種別・行き先表示器とも無い。, 側面は片側両開き3扉で扉間には戸袋窓と二段窓が4つ配されている。前面、側面とも先に登場した801系のデザインが踏襲され、塗色以外ほぼ同一の外観となっている。ただし701・801系列に比べて台枠厚さが増加したが床面高さをほぼ同一としたため、その分車体裾が下がっている。このほか、客用扉を閉扉した際に物挟みなどで完全に閉まりきらない扉のみ再度全開にする事ができる再開閉スイッチや、車内保温を目的に運転台直近の扉以外を締切る装置が本系列で初めて備えられた。, 屋根上にはグローブ形ベンチレーターを、先頭車の非冷房車は7個で冷房車は5個、中間車の奇数車(M1、3車)の非冷房車は5個で冷房車は3個、中間車の偶数車(M2,4車)は8個で冷房車は6個装備する。パンタグラフは菱形をM1車に2基搭載する。, 車体塗装はレモンイエロー地に窓回りがウォームグレー(ベージュ)の塗り分けとなった。これは搭載機器の種類が異なり連結運転が不可能な701・801系と識別する意味もあった(当時701・801系などはローズピンクとベージュの塗装)。ドアは内外共にステンレス無塗装。, 座席はオールロングシートでモケットは茶色で優先席は緑色。内装の化粧板は茶色系統の暖色系が採用された。車両間の貫通扉は両開き式で101 - 127編成はM2車のM1車寄り(1位側)のみに、129 - 181編成はTc1車・M2車の1位側・Tc2車に、183編成以降はM1・2車の1位側、Tc2車に設けられた。101 - 181編成は冷房化改造の際に扉の新設や移設により183編以降と同じ位置に統一された。天井には非冷房車は扇風機、試作冷房車は冷風吹き出し口と扇風機、冷房車はラインデリア6個を備え非冷房車および試作冷房車より蛍光灯を中間車では2本、先頭車では3本多く搭載している。, 台車は住友金属工業製の空気ばね台車でクハ1101形がFS072、モハ101形がFS372を装着する。, 主電動機は701系用のものから大幅に出力アップした日立製作所製HS-836-Nrb・Prb(出力150 kW)または東洋電機製造製TDK-8010-A(出力150 kW)が、主制御器は日立製の電動カム軸式の抵抗制御器MMC-HTB20E(弱め界磁起動1段・直列12段・並列13段・弱め界磁5段・発電制動25段)が搭載された。一般的な抵抗制御としては進段数を多めに取り高加速性能を得ている。また、定格回転数を1,850 rpm(80 %界磁)[2]と高く設定されたほか、最弱め界磁率が40 %から35 %に拡大され、高速域の性能も向上している。これらはM1、3車に搭載された。補助発電機としては電動発電機(MG)がM2、4車に搭載された。非冷房車は12 kVAのHG-534-Mrb型、冷房車および冷房改造車は150 kVAのMG117-S型、6両固定編成はMG114A-S型、一部の冷房改造車はブラシレスで140 kVAのHG-77445-01R型またはTDK-3350-A型を搭載する。またモハ218・220・222・224はMGの代わりに静止形インバータ(SIV)が搭載された。, 制動装置には西武鉄道では初めて応荷重装置を持った発電制動付き電磁直通空気制動(HSC-D)を採用、勾配抑速発電制動を装備した。これらは急勾配が続く西武秩父線を走行するための装備であり、同時期に登場した5000系もこれと同様の装備を有する[注 1]。これにより、自動空気ブレーキ装備の在来系列との通常の併結運転は不可能になった。, 電動空気圧縮機(CP)はAK-3型[注 2]をM2、4車に2台搭載した。後の冷房化改造や特別修繕工事に併せてHB-2000型1台に交換された車両も多く存在した。, 701・801系は1977 - 1978年にかけて車体の塗装をローズピンクとベージュの2色からレモンイエロー1色に変更された。なお、このお馴染みの黄色い塗装は、101系が最初である。イエローとウォームグレーの本形式と識別されていたが401・701・801系の冷房改造車グループの1997年の営業運転離脱後に、保守作業の簡略化も含めて本形式の車体色のイエロー1色化が行われた。1996年の183編成を皮切りに1999年(平成11年)の201編成で塗装変更が完了した。, 2001年(平成13年)秋には、「西武トレインフェスティバル・赤電スペシャルウィーク」において159編成がかつての101系以外の形式(501系〈2代目〉- 801系)の標準塗装であるローズピンクとベージュの塗り分け(通称・赤電塗装)に変更され、臨時列車として同年9月29日 - 30日に西武新宿 - 西武園間を、同年10月7日 - 8日には池袋 - 横瀬間でそれぞれ運転された。同編成は重要部検査を間近に控えており、臨時列車への充当後すぐに検査入場しイエロー1色塗装に戻され、赤電塗装での定期列車への充当はなかった。101系に赤電塗装が施工された唯一の例である。, 旧101系は冷房器非搭載で登場し、しばらくそのまま増備が続けられたが、1972年(昭和47年)に171 - 181各編成の4両編成6本(24両)が試作冷房車として新製された。これは西武鉄道で初の冷房通勤車である。, 比較試験の結果、量産車では集中式冷房装置を採用することになり、1973年(昭和48年)には121 - 129編成の4両編成5本が冷房改造され、同時に新製冷房車のMM'ユニット2両を組み込むことで101系初の6両編成となった[注 3]。1974年(昭和49年)には新製冷房車となる191編成が登場し、163編成に4両編成で最初の冷房化改造が施された。, 冷房改造は新製車導入と並行して行われたが、池袋・新宿線間での冷房車比率を均等にする目的で旧101系の冷房改造は一時中断となった[注 4]が、701系・801系・401系の冷房改造完了後に旧101系の冷房改造が再開された。1987年(昭和62年)の161編成を最後に全編成の改造が完了した。, なお、試作冷房車のうち175・177編成が他編成と同一の集中式冷房装置搭載ならびに屋根上ベンチレーターを箱型タイプに交換改造され、残りの4編成は4000系に機器を提供するため未改造のまま廃車となった。なお175・177編成および1984年(昭和59年)以降に冷房化改造された101 - 119・131・139・149・161の計24編成は、改造時に座席端パイプが新101系と同様の網棚と一体化したタイプに変更されたほか、車側灯の電球[注 5]が2灯化された。, 全編成に列車無線装置の設置・ブレーキ制御装置の変更(カバー付き)・前面密着連結器の胴受形状変更・ドアエンジンのTK-4D形からSTK-4D形への改造(戸開き時に排気音→戸閉め時に排気音)などが施工され、一部編成は空気圧縮機への除湿装置取付・屋根ならびに床下機器のグレー色への変更・MGからSIVへの交換が行われた。, 1980年代以降に新宿線で運用された編成は冷房改造後の401・701・801系との併結運転対応の改造工事が行われた。改造内容は抑速ブレーキのカットをはじめとするもので、該当編成は電気連結器部分が黄色塗装にされ識別された。なお、1998年に復元工事が行われている。, 1980年代中頃から後述の新101系と同様に乗務員室の客室仕切り扉に客室側より忍び錠にてラッチ施錠を行える改造が施工された。, 1988年(昭和63年)の新2000系の登場とほぼ同時期に129・183・191 - 201・209- 225編成の30編成に対し車内・外のリフレッシュいわゆる特別修繕工事(特修)が実施された。, 結果として最も原型に近い車内を最後まで維持して運用していたのは2003年(平成15年)廃車の183編成。ドア窓支持方式が黒色Hゴムだった車両の最終廃車は2004年の175編成である。, 1988年に廃車になった145編成の中間車モハ145・146に以下の改造が施された。, モハ145には日立製GTO-VVVF、モハ146には三菱製GTO-VVVFを搭載した。, 改造後は301系307編成のサハ1301形の代わりに組み込まれ(1307+307+308+145+146+301-7+301-8+1308)、モハ301-7・8は主電動機回路をカットした上でMT比4M4Tで営業運転をおこなった。試験終了に伴い307編成は編成から抜かれたサハ1301-7・8を復帰させ、モハ145・146は1990年(平成2年)に廃車された。, 1996年(平成8年)4月に多摩川線でワンマン運転が開始されるのに際し、当時池袋線に所属していた特修工事の対象車の217 - 225編成の5編成にワンマン運転対応改造を行いまた甲種輸送に対応させ[注 6]、同線に所属していた701系と401系を置換えた。, 多摩川線には4編成が配置され、もう1編成は予備で新宿線の支線(主に西武園線)で運用されるシステムが採られた。, 登場から全車が引退するまで西武有楽町線・新交通システムの山口線を除く全線で各駅停車から快速急行まで運用された。新101系と、対応改造車は701・801系などとも併結運転が可能で、最大10両まで連結された。, 旧101系の登場当初は西武秩父線対応であったことから池袋線系統に配置されていたが、冷房車登場後は冷房化向上のため新宿線にも配置された。, 前述のように池袋線と新宿線の冷房車配置を均等にする目的で旧101系の冷房改造を中断し、701系などの冷房化改造に移行した時期があったが、実際には旧101系冷房車を新宿線に配置し、701系・401系冷房改造車を池袋線に配置するケースもあった。その後1979年(昭和54年)に登場した新101系は、2連の一部が新宿線にも配置され既存の旧101系と組んで使用されたが、その直後1980年(昭和55年)3月17日改正に伴う転配で、101系は池袋線に701系・401系冷房改造車は新宿線にそれぞれ集約することになり、以降しばらくの間旧101系は全車が池袋線に配置された。, 1990年代になると池袋線にも新2000系の投入が開始される一方で、新宿線の701系・801系・401系・501系(3代)冷房改造車の老朽化により、旧101系が新宿線系統に再び配置された。, 1996年からワンマン改造が施工された217 - 225編成が多摩川線に投入された。多摩川線での運用車4本と本線に残った1本とは検査などの際には武蔵野線を介して編成の入れ替えを行っていたが、1999年に始まったJR中央線武蔵境駅高架化工事に伴い同駅でJR線との連絡が断たれてからは217 - 223編成の4本で固定された。, 2004年夏時点で、旧101系は新宿線と池袋線にそれぞれ4両編成4本(16両)とワンマン車4両編成5本(20両)の計9本36両が在籍していた。, 池袋線に残存していた193編成と197編成は、同年の「西武トレインフェスティバル2004 in 横瀬」の開催に合わせて5年ぶりに登場時のツートンカラーに塗色変更[注 7]され池袋 - 横瀬駅間の臨時列車として走った。イベント終了後、両編成は西武鉄道のウェブページで公開されたダイヤ通りに運行し、秩父夜祭輸送や土休日の西武秩父線直通快速急行の運用が主となった。この快速急行運用の中の特定の3日間は「秩父線開業35周年」のヘッドマークを装着して運行された。, その後12月19日に「さよなら旧101系運転」として西武園→東村山→本川越→西武球場前→所沢→飯能→西武秩父の経路で運転された。西武球場前駅では展示会が行われ、終着地の西武秩父駅到着後は横瀬車両基地に回送の上解体された。, 多摩川線配置車が217 - 223編成に固定された後本線側に残った225編成は、2006年4月から約1年間かけて行われた多摩湖線用新101系ワンマン車の更新工事の間に予備車として2008年2月3日まで同線で運用された。運転終了直前の1月27日から先頭車の中央下部に「さようなら101系225/226号車」と写真が載った特製ヘッドマークが掲出された。, 2010年に入って武蔵境駅の高架化が完了し、多摩川線と中央線の連絡線が復活したことから車両の入れ替えが再開され、同線にはワンマン改造を施工された新101系が4編成投入された。それらと交替で3月に217編成、6月に219編成、9月に221編成、11月に223編成がそれぞれ多摩川線から小手指車両基地に回送され、最終的には横瀬車両基地に回送され解体された。なお223編成のみ横瀬車両基地に回送される前に方向転換を行っている[3]。同編成の廃車をもって旧101系が全廃となった。1224号車はツートン塗装に塗り替えた上、横瀬車両基地に保存されている。(後述), なお最後まで残った223編成は11月3日から運用終了日まで2種類のヘッドマークが掲出された[4]。, 1988年(昭和63年)に試作冷房車の171・173・179・181編成および141 - 147編成の8編成32両のうちモハ145・146を除いた[注 8]30両が本系列最初の廃車になった。廃車順は171・173・141・143・145・147・179・181編成。これらの編成の機器は廃車後に4000系を製造する際に流用されている。, 1992年(平成4年)12月に213編成が新宿線東村山0号踏切で自動車との衝突事故を起こした際にモハ101-214から火災が発生し同車は廃車になった。その代替として経年廃車予定だった125編成のモハ101-26が2代目モハ101-214に改番の上組み込まれ213編成は営業運転に復帰している。なお、213編成は2003年(平成15年)に廃車になった。, 2000系の増備が一段落した1979年(昭和54年)に2両編成から登場し、その後4両編成、8両編成(301系)も登場した。, 自社の西武所沢車両工場だけでなく、東急車輛製造でも多数製造され設計も同社に委託した。このため、同時期に同社が設計に関与した国鉄201系電車とも外観上の類似点が数々見られる。戦後発足の現・西武鉄道の通勤電車としては初の外部発注[注 9]であった上に、その発注先がかつて箱根山戦争・伊豆戦争で対立関係にあった東急グループの企業であった。4両編成が旧101系の続番の227編成 - 261編成、2両編成が269編成 - 295編成、301系が301 - 313編成で構成されている。, 1980年(昭和55年)12月に増備された4両編成は車両番号が300番台の区分となり、305編成が登場した時点でこれらの編成は301系とされた。301 - 309編成の4両5本(20両)が登場したのちの1982年(昭和57年)から各編成にサハ1301形を含む4両が組み込まれて8両固定編成とされた。, 新101系と301系は1982年(昭和57年)で製造を終了する予定であったが、1983(昭和58)年度に3000系を5編成製造する計画が3000系3編成と301系2編成の製造へと変更され、同年に311編成が、翌1984年(昭和59年)に313編成が登場した。この2編成は連結器胴受けの形状や2灯化された車側灯が3000系に準じておりそれまでの編成と異なる。また、両編成は新製時から8両固定編成で、所沢工場における最初で最後の8両同時出場となり、いわゆる「X01系」最後の新造車となった。, 最終的に新101系が100両、301系が56両の計156両が製造された。2018年(平成30年)2月1日現在では4両編成10本の計40両が運用されている[6]。, 西武鉄道では2007年(平成19年)4月17日に101系・301系に代わる次世代通勤形車両30000系の導入を発表。同系は2011(平成23)年度までに14編成94両が新造され、2012(平成24)年度には6編成30両が新造された。, これにより2012年(平成24年)12月2日をもって非ワンマン車の定期運用は終了し、翌日からは飯能7時53分発通勤急行池袋行きと小手指8時01分発通勤準急池袋行きで始まる運用はすべて4ドアで運転された。これについては先ほどの種別の停車駅の時刻表に提示した。, その後、12月9日には西武球場前駅構内と横瀬車両基地にて「さよなら101系・301系イベント」を開催した。これに合わせ、かつて定期運用であった101系2両3編成連結した計6両編成の団体臨時列車(さよなら運転)が西武園→東村山→本川越→所沢→西武球場前→所沢→飯能→横瀬の経路で運転され、種別幕に「さよなら」、行き先幕に「101系」の特別方向幕を、車体色に合わせた黄色い電気連結器カバーを装着して走行し、同じく引退する301系も臨時快速として池袋→西武球場前で100アニバーサリーヘッドマークを付けて走行した。西武球場前駅では前述した列車を並べて展示を行った。第二会場の横瀬車両基地では団臨で使用された271編成と281編成、基地内に保存されている旧101系クハ1224と並列展示を行った[7]。, 新101系・301系はデザイン面で旧101系を大幅に変更されたが、台車・ブレーキシステム・電装品は変わらない。また全車両新製時から冷房装置を搭載。, 外部塗装は、旧101系同様イエローがベースで側面窓回りにウォームグレーの帯が入った。前面の窓回りのへこみは、最初に登場した281 - 295編成は側面と同じウォームグレー、4連の編成と301 - 309編成はそれより濃いグレー、271 - 279編成と311・313編成は黒色に塗られた。後に全車黒色に統一されている。旧101系と同様401・701・801系の全廃後に車体塗装のイエロー1色化が始まり、2000年(平成12年)7月の279編成をもって完了した。同時期に種別・行先表示器の字幕も白地黒文字から黒地白文字に変更した。2008年(平成20年)6月頃からは2000系・3000系・4000系と同様に種別・行先にローマ字表記を追加し、各駅停車の種別表示は「普通」から「各停」に変更された。, 2005年に多摩湖線用ワンマン車のリニューアル改造でスカートの取付が施工された。本線系統用車両でも2005年の313編成を皮切りに実施されたが、全編成への施工はされなかった。, 1981年以降に253 - 261編成に701系列(701系・801系・401系・501系)と連結できるように抑速ブレーキの無効化、戸閉め装置その他の電気回路の一部を変更などの改造が施工されて新宿線系統に転属し[9]、551系などを置換えた。, 227編成+229編成・231編成+233編成・235編成+237編成・239編成+241編成の4両編成8本4組に、1989年から始まった秩父鉄道への乗り入れへの対応改造が行われた。内容は以下の通り。, なお休日ダイヤの乗り入れ運用には三峰口+西武秩父行きと西武秩父+野上行きがあり、編成の組合わせが入れ替わることもあった。, 秩父鉄道への乗り入れ運用終了に伴い改造編成の電気連結器は元に戻されたが、解除後も普段先頭に出ない電気連結器が白色のままであった。号車札や茶色のつり革はそのまま残り、通常はかつての改造編成同士で連結され8両固定編成と同様に運用されていた。, 1998年11月より多摩湖線の国分寺 - 萩山間でワンマン運転が始まったが、同区間で運用する目的で257,259,261編成の3編成に旧101系ワンマン車に準拠したワンマン運転対応改造が行われた。内容は以下の通り。, その後261編成は2005年3月、259編成は同年9月、257編成は2006年3月にリニューアル工事が施工された。内容は以下の通り。, 2007年に車両の組み換えで新たに組成された263編成(後述)と、2010年の3月から12月にそれまで多摩川線で運用されていた旧101系のワンマン車を置き換える目的で247‐253編成にも同様の改造が施工された。これらの編成は257 - 261編成とは違いリニューアル改造前にワンマン対応改造が施工されていないので、リニューアル改造時にワイパーの交換や電気連結器の撤去が行われている。また、多摩川線用の4編成は車体の色が白色になり両先頭車にはラッピングがされている。これは沿線の小学生から募集した四季をイメージしたイラストで、247編成が「春」、249編成が「夏」、251編成が「秋」、253編成が「冬」をそれぞれテーマとしている[12]。このほか車内の車両番号およびメーカー銘板[注 14]がシールになっている点などが異なる。また車内床材は263編成と同じグレー系統の物が使用されている。, 2011年2月から7月にかけて245編成、2012年から2013年2月の間にかけて241編成[10]にも多摩川線用車と同様の改造が施された。この2編成は改造時に車体色が白一色になっている。なお、241編成は改造と同時に屋上のベンチレーターが撤去されている。, ワンマン車は多摩川線用も含めて全編成が玉川上水車両基地所属で、そのうち4編成が白糸台車両基地に常駐している。, ワンマン化に伴う車両更新時にベンチレーターが撤去された241編成(2013年3月、東村山), 2007年度にE31形電気機関車の老朽化による廃車に伴う代替の牽引車として、2両編成の279編成に255編成のモハ255,256を組み込んだ4両全電動車の263編成が組成され、玉川上水車両基地に配属された。車両番号の推移は後述の#新101系4両編成を参照のこと。当初機関車の置換えには2両編成を改造する計画があったが[13]、実際には4両編成が登場した。同編成には牽引車として独自の装備が搭載されている。また牽引車運用時以外は多摩湖線で他のワンマン対応車と共通運用されるため、前述のワンマン対応工事およびリニューアル工事も同時に施工されている。追加された改造メニューは以下の通り。, 263編成は150 kWの電動機を16機搭載しているため、編成の出力は2400 kWになり、この数値は引退したE851形電気機関車の2550 kWに匹敵する。, 2006年9月に247編成にユネスコ村大恐竜探検館(2006年に閉鎖)をPRした恐竜のラッピングが、2007年には245編成に西武ライオンズ(チーム名は現: 埼玉西武ライオンズ)のラッピングが施されていた。また、前述のように多摩川線用車には小学生が描いたイラストがラッピングされていた。, 西武秩父線の開通40周年記念企画の一環として2009年3月に多摩湖線用の261編成[15]が新造当時のツートンカラー・前面窓周りベージュとなって運用を開始し、同年6月には池袋線所属の271編成にもこの塗装が施され6月7日に開催された「西武・電車フェスタ2009 in 武蔵丘車両検修場」で公開された後に同月中旬から運用に投入された。, 2017年12月から多摩湖線、2018年1月に多摩川線でかつての赤電塗装編成を運行開始すると発表された[16]。赤電カラーは247編成に施工され、多摩湖線では12月17日より多摩川線甲種輸送前まで、多摩川線では1月24日より運転開始した。また、それと入れ替わりで多摩湖線へと伊豆箱根鉄道1300系カラーが甲種輸送にて移動している。, 2018年3月からは249編成にツートン復刻カラーが施され、多摩湖線で運用後、多摩川線に甲種輸送にて移動した[17]。, 2019年6月には245編成にツートン復刻カラーが施され、6月1日に開催された「西武・電車フェスタ2019 in 武蔵丘車両検修場」で公開されたのち、同月19日より運用に投入された。, 新製後は旧101系同様に池袋線系統に集中配置されたが、その後の新宿線系統への転配により西武有楽町線・新交通システムの山口線を除く各線で各駅停車から快速急行まで運用された。しかし老朽化による廃車も進んだ事で年々運用本数は減り、運用区間も変化している。なお編成は最大10両までなら2・4・8両で様々な組み合わせが可能で、旧101系との併結も可能であった。なお、2012年12月をもって非ワンマン車の運用が終了したことにより、下記に示すワンマン車の運用範囲以外の区間からは撤退した。, 1998年11月のワンマン運転開始以後は国分寺 - 西武遊園地間の全線でワンマン運転対応編成により運用されている。なお多摩川線用の各編成はそれぞれ本線側に戻った際に多摩湖線用車と共通で運用についている。初入線時期は247編成が2010年12月、249編成が2011年9月、251編成が2011年8月、253編成が2011年10月である。, 旧101系の置換え用として、2010年3月からワンマン改造施工車両が投入された。初入線時期は247編成が3月、249編成が6月、251編成が9月、253編成が12月である。なお11月には259編成が入線している。247 - 253の各編成はそれぞれ武蔵境駅で作品が選ばれた児童らを招いての出発式が行われた。これらの編成は2014年度まで運行され、終了後は白一色に戻された。, 2017年には、伊豆箱根鉄道創立および、西武多摩川線開業が共に100周年を迎えたことから、1249編成が駿豆線の1300系と同じ塗装に変更された。, 2018年には近江鉄道の開業120周年を記念し、251編成が近江鉄道100形電車と同じ塗装に変更され、「西武・電車フェスタ2018in武蔵丘車両検修場」で公開され[18]、同年6月14日から多摩湖線で営業運転を開始した[19]。, 新101系・301系は、2004年度の2両編成1本を皮切りに廃車・他社譲渡が開始されている。, 新101系 - 2000系・新2000系 - 4000系 - 6000系 - 9000系 - 20000系 - 30000系 - 40000系, 601系 - 701系・801系・新501系 - 401系II - 101系 - 301系 - 3000系, クハ1221形I・クハ1271形・サハ2001形 - 311系・371系 - クハ1411形 - 401系I - 351系(モハ411形I→クモハ351形II) - 501系 - 451系 - モハ351形I→クモハ251形III - 551系・571系 - 411系 - クハ1651形, キハ1形 - ジハ101形 - 1650形蒸気機関車 - ハ10形 - モハ21形 - モハ11形 - モハ101形(木造時代) - モハ101形I(鋼製時代)・クハ1101形I・クハ1111形・クハ1121形 - クハ1201形II, モハ105形・モハ131形・モハ201形・クハ1201形I・クハニ1211形 - クハ1201形I(1207I・1208I) - クハ1201形I(1209・1210) - モハ211形・モハ221形I→クハ1211形 - モハ231形 - クハ1231形 - モハ241形・クハ1241形 - モハ301形I, モハ151形・クハ1151形 - モハ151形(161 II) - クハ1151形(1160I・1161) - モハ251形I→モハ221形II・クハ1221形II - クハ1251形 - キハ20形 - レカ1形 - キハ101形 - キハニ6450形, 1形I・1形II・1形III - E11形 - E21形 - 31形・E31形I - E41形 - E51形 - E61形 - E71形 - E851形 - E31形II, 1形I - 2形II - 3形・5形I - 6形 - 7形 - 武蔵野鉄道1形 - 武蔵野鉄道6形 - K2形 - E形, 当時本系列は主に池袋線、701・801系列が新宿線に配属されていたため101系のみ冷房化を進めると両線の冷房車率に偏りが出るためである。このため冷房車と非冷房車の併結も行われた。, 多摩川線は他の西武線と接続しておらず、JR線を介さなければ本線と車両のやり取りができない。, 701系列は無改造の101系との連結運転は不可能で、改造された編成は他の101系との連結運転が不可能になった事の識別の意味。, 「ポーン」というチャイムが約3秒ごとに鳴る仕様。2000系の簡易修繕工事編成とは違う音色だが同様のものが10000系や2000系更新車の一部とリニューアル車などにも設置されている。, 車両番号・禁煙標示・製造所表示を1枚のステッカーにまとめたもの。製造年の記載が元号から西暦に変更された。, 正確な時期は不明だが、ヘッドマークの掲出は直通列車運転開始時から1990年代頃まで行われたと見られる。, 電気車研究会「鉄道ピクトリアル」Np.716(2002年4月臨時増刊号) 私鉄車両めぐり169 P.243 - 244, 電気車研究会「鉄道ピクトリアル」No.560(1992年5月臨時増刊号) 私鉄車両めぐり147 P.257 - 258, 多摩湖線・多摩川線になつかしの「101系」塗色復活!ツートンカラー「イエロー×ベージュ」, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=西武101系電車&oldid=80326438, 多摩川線用ワンマン化改造車、「夏」号、旧伊豆箱根鉄道 伊豆箱根鉄道駿豆線 伊豆箱根鉄道1300系塗装、ツートン復刻カラー, 本系列の車両番号の付与の規則性上、各編成とも編成中の最若番車両の番号は必ず奇数となっているので、編成番号は必ず奇数となる。, これらは801系クハ1801形が装着していた空気ばね・インダイレクトマウントタイプFS067の発展型で、枕ばね周りの構造はダイレクトマウント方式に変更された。軸ばね周りの基本構造は共通のペデスタル+軸ばね支持であるが、この構造は基本構造がシンプルで初期コストが低く、通常の, MGを容量12 kVAのHG-534-Mrbから150 kVAのMG117A-Sへ交換、もしくは新製時から搭載。なお前述の通り6両編成には120 kVAのMGが搭載され、4両編成の一部には140 kVAのMGが搭載された。, 改造によりモハ101形の自重は2.0 t(38.0 t→40.0 t)、クハ1101形の自重は1.0 t(28.0 t→29.0 t)増加。, これはドアシリンダーの引っかかりが甘く車掌の車内改札中に急に開いてしまうことが多々あった事や、折り返し駅などで悪質な者に勝手に車掌スイッチを扱われる事件が発生したために備品盗難防止や保安上の観点から実施された。ほぼ同時期に他系列でも同様に忍び錠がないと操作できない新タイプの車掌スイッチに交換された。, 129・183編成以外は内装が変更され、化粧板が新2000系に準じたものとなった。, 施工3編成目の191編成以降では座席モケットが赤系のオレンジのものに変更された。また193編成以降の編成では座面と背もたれの間に, 客室ドアの窓支持方式を黒色Hゴムから金具押さえに変更(129・211 - 225編成は701系の廃車発生品への交換、183・191編成は特修工事終了後単独で701系の廃車発生品への交換)。, 客室ドアは特修工事未施工の203編成が窓支持方式の変更を、123・205・207編成が701系の廃車発生品への交換を実施されている。, この列車は団体専用であり、参加費用は大人1人1,101円(クハ1101形にあやかって)と設定されたほか、本川越 -, ただし2連車(12次車)の269 - 279編成は空気圧縮機の除湿装置取付により床下スペースに余裕がなくなりAK-3形1台搭載へ変更。先に登場していた9次車の281 - 295編成も除湿装置設置のためHB-2000形からAK-3形に置き換えられた, 271 - 279編成のみ座席が旧101系の特修車と同様のFRP成形物を入れたタイプ。, 分割時の案内のために各車の車外・車内に号車番号ステッカーを貼り付け、池袋・西武秩父側となる5 - 8号車の編成の, ただしペアとなる編成の片方が先に廃車されたなどで、残存編成が単独で運用に就くこともあった。元対応車は2008年の235編成+237編成を最後に全車廃車されたが、先に仕様解除となった241編成は2011年4月の時点で茶色のつり革が残存していた。しかし、2013年3月16日ダイヤ改正での多摩湖線萩山 - 西武遊園地間のワンマン運転化に伴う改造対象, 運用関連区間のみの内容とした方向幕の取り換え。(多摩湖線・西武園線・狭山線・豊島線関連のみ), 前面行先表示器の電動式化(行先表示器は流用品のため、手動式時代と比べて若干小さい)。, 前面窓回りがウォームグレーで塗装されていたのは第一陣登場から5年ほどでのちに現在の黒色塗装となった事から、この塗装は約30年ぶりの復活となったが、厳密には前述の通り261編成はウォームグレーより濃いグレー、271編成は黒色で登場しており、ウォームグレーに塗装されたのはこれが初めてのことであった。, 271編成は武蔵丘での公開当初、先頭車両乗務員室扉横に西武の新社章が貼られていたが、営業運転時には取り外され廃車まで貼り付けられなかった。, かつては閑散期の平日昼間限定で2両編成での運転も存在した。2003年(平成15年)3月のワンマン運転開始に伴い、同区間は, 1989年の秩父鉄道直通列車の運転開始時には、編成数の少なかった4000系を補完するために乗入改造を受けた編成(前述)が直通列車や乗り入れ後の, 2008年6月14日のダイヤ改正でそれまで運転されていた4両編成での線内折返し列車が消滅し、以後は8両編成の各駅停車が池袋 - 豊島園間で運転される。, 4両編成の線内列車の他、池袋 - 西武球場前間の直通列車、野球開催時や西武ドームでのコンサート開催時の臨時列車で運転される事があった。, 池袋線同様8,10両編成での運用である。2011年3月のダイヤ改正で10両編成の定期運用は無くなり、代走が中心である。かつては701系と連結した列車も運転されていた。, 現在では同線の列車は全て6両編成だが、かつては4両編成での運用も存在し本系列も充当された。2010年3月のダイヤ改正でそれまで運転されていた2+4両での定期運用は無くなり、4両編成の廃車とワンマン化が進んだことから、それ以降同線に入線することは無くなった。, 4両での線内列車や8両での西武新宿 - 西武園間の列車で運用された。2011年に非ワンマン車では最後まで新宿線に残っていた4両の245編成がワンマン化されたことで線内運用は一時期なくなるが、2011年12月からは稀にワンマン車が線内列車に充当されている。, 293編成 - 2005年9月武蔵丘車両検修場で除籍。改造の上、同年12月上信電鉄に譲渡。, 227編成 - 2005年10月の「西武トレインフェスティバル」に伴う臨時列車として横瀬まで運行された後に横瀬車両基地で解体。, 231編成・233編成 - 2005年12月に秩父鉄道に譲渡して同社の広瀬川原車両基地に自力回送。その後、一旦西武の武蔵丘車両検修場に回送して秩父鉄道向け改造施工後に再度広瀬川原車両基地へ回送。, 283編成 - 2008年7月14日に武蔵丘車両検修場へ235編成と共に回送。同年10月にクモハ283は, 235編成 - 2008年7月14日に武蔵丘車両検修場へ283編成と共に回送。クハ1235-モハ235は11月に伊豆箱根鉄道、モハ236-クハ1236は9月に三岐鉄道に譲渡。, 237編成 - 2008年8月27日に武蔵丘車両検修場へ回送。クハ1237-モハ237は2009年5月に伊豆箱根鉄道、モハ238-クハ1238は部品確保用として2008年9月に三岐鉄道に譲渡。, 307編成・305編成・313編成 - 307編成は2008年12月上旬、305編成は同月, 275編成・277編成 - 両編成とも8月4日付で廃車。その後武蔵丘車両検修場で流鉄向け改造が施され、275編成は同年9月に、277編成は2011年10月に同鉄道に譲渡, 287編成 - 2012年4月に廃車。その後武蔵丘車両検修場で流鉄向け改造が施され、同年9月に同鉄道に譲渡されている, 303編成 - 2012年11月に廃車。うちサハを除く6両は同年12月に近江鉄道に譲渡, 309編成 - 2012年12月に廃車。うちサハ1301-9・サハ1301-10・モハ301-9・モハ301-10を除く4両は翌年2月に近江鉄道に譲渡, 2009年3月に269編成と291編成のクモハ291、2012年12月に295編成と303編成のうちサハを除く6両, 301系309編成は100形105編成として2018年10月に営業運転を開始している。, 横瀬車両基地で静態保存。2010年11月に引退した後、2011年10月に開催された「西武トレインフェスティバル2011 in 横瀬」で公開された。登場当時のようなイエローとウォームグレーの2色塗装になっている。.