Tweet, 日曜日の朝だった。 サンポサンポという声がする。 サンポが散歩だとわかるまでに、10秒くらいかかった。「ね、午前中、散歩行こうよ」 前の日の夕方、ひとり暮らしをしている長女がやってきて、泊まった。このひとは、ときどき「いまから行っていい?」と電話してくる。話したいことがたまるのだろうか、来るなり話しはじめる。「散歩、行こうか」 と応えながら、しようと思っていたあれやこれやを押しのける。予定を押しのけるのには、勇気が要るけれど、そうしてしまえばたいしたことはない。予定した作業は一向に捗(はかど)らないのに、しがみついているだけで何となく安心する。そんなことが少なくはないから。「小金井公園まで歩きますか」「そうしようそうしよう」 身仕度ののち、朝ごはんも食べずに、ならんで運動靴を履く。「ちょっと聞いてもらってもいいかな」 おやおや、わたしときたら。聞き役にまわるつもりが、先に口火を切っている。聞いてもらいたいことがたまっていたのは、わたしのほうだったか。斯く斯くしかじかとやる。「危ないとこだったね。お母ピー、よく気がついたね。気がついて動きだしたんなら、最後までやらないと」 このひとはこんな場面では、わたしのことをお母さん、ではなくお母ピーと呼ぶ。そしてそうだ、わたしはこれを云われたかったのよ。わたしのすることは、ときどき腰砕けになる。粘りづよさのようなものが、ないというか。「そうね、そうだね。人任せにしないで、いや、人任せを混ぜながら、ずっとそこに居つづける。きっとそうする」 小金井公園につづく遊歩道の上。 眠たそうな男の子が犬を散歩させている。細いタイヤの自転車がひとを乗せて行き過ぎる。頭のてっぺんから足の先まで、すべてを衣類で包んだサングラスの女(ひと)、日焼けを怖れているのか、逃亡中か。 午前10時の小金井公園には、思いがけないほどひとがいる。お腹がすいた。立ちならんだ出店で、長女は鶏の照り焼きと野菜を巻いたクレープ520円を、わたしはアメリカンドッグ220円を買う。箸に刺したソーセージにパンケーキの衣(ころも)をつけて揚げてあるアメリカンドッグに、わたしはつい惹かれる。年に二度は食べる。食べるたび、ああ、そうだった衣は甘いし脂っこいしとちょっとがっかりするのだが、そのがっかりにも惹かれているらしい。辛子をたっぷりつけて噛みつく。 小さなスプーンおばさんを和風にしたようなひとから、焼き団子3本350円を買う。海苔が巻いてある。 公園内をぐるぐる歩き、みどりを浴びる。ひとのまばらな、梅の木の下のベンチに坐って、焼き団子を食べる。お茶は水筒に詰めてきたジャスミン茶。鳩を追いかけて、女の子が駆けている。怖くないのね、あなたはあんな頃、鳩を怖がったけれどね。どこが怖いの?と訊くと、「脚が赤いとこが怖いーって、泣くの」「いまも、いっぱいいると、怖いよ」 小金井公園からの帰り道は、長女のはなしを聞く。 『朝ごはんからはじまる』『まないた手帖』(ともに毎日新聞社)『おとな時間の、つくりかた』(PHP文庫)『暮らしと台所の歳時記――旬の野菜で感じる七十二候』(PHP研究所)『こぎれい、こざっぱり』『台所から子どもたちへ』(ともにオレンジページ)『家のしごと』(ミシマ社)ほか、著書多数。, 2012年〜2014年 山本ふみこさんのうふふ日記, http://fumimushi.cocolog-nifty.com/fumimushi/.

Tweet, 1958年北海道小樽市生まれ。 山本ふみこさんのうふふ日記 | コメント (62) Tweet, するべきことを小さな付箋に書いて、パソコンの上部に、ならべて貼りつけている。それが長長と連なって、こちらを見下ろす。「早くおねがい」「もうすぐ〆切」「まだかしら」 記憶力というのに、もともと自信がない上に、最近、2回つづけてゲラ戻し(著者校正をして版元に戻す)と、請求書の送りを忘れた。「あのう……」 とすまなそうな催促のメールをもらって、ギャッと叫び、あわてて約束のものを送ったのだった。 そんなわけで、以前よりも「するべきこと」の内容が、ごく細かいこと、ルーティーンにまで及ぶようになっている。 付箋の連なりは、きょう1日でみるなら、1枚はずして、3枚貼りつけている。つまり、昨日より2枚付箋は増えているのだ。まあ、うっかりゲラ戻しと請求書の送りを忘れるようなわたしだから、書いて貼りつけておかなければならないといえば、そういうことになる。 けれどそれが2枚増えようと、ぞろぞろ並んでわたしを威(おど)しにかかろうと、びくびくしてはいけない。 わたしは気をしっかりと保って、云い返す。「早いのばかりが、いいわけじゃありませんよ」「〆切当日に書きますよ。いつもそれで間に合っていますからね」「はい、ただいま」 さいごの、「まだかしら」に対する「はい、ただいま」という返しには、思い出がある。 その昔友人と、喫茶店で紅茶を飲みながら、「もしも自分たちが喫茶店で働くようになったなら……」という空想遊びをしていたときのことだ。「ねえ、お客さんに呼ばれたら、なんて応えるのがいいと思う?」 そう友人が云うので、紅茶のカップを持ち上げたまま、考えこむ。「『少少お待ちください』って、云いたくないなあ」「でしょう? ね、『はい、ただいま』はどう?」「いいね、それにしよう。『はい、ただいま』ね」 さてところで。 付箋の連なりに向かって云い返すのはいいが、あまりこころは晴れず、わたしは少し焦っている。 焦っている。 焦っている。 しかしね、ここまで生きてきて、うっかりしてやり損なったこと、怠けたくなってどんよりすることくらいのことはあったけれども……、〆切を落としたこともなければ、結局やりきれなかったこともなかった(たぶん)じゃないか。 と思いながら椅子の車輪を動かしたら、書棚のなかのフランソワと目が合った。「ね、フランソワ。だからダイジョブだよね。」「ダイジョブ」「ほんとに?」「ダイジョブ、ダイジョブ」 あまりにすましてフランソワが請け合ってくれるものだから、わたしはうれしい。「ダイジョブ?」と不安の顔を向けたとき、間髪入れず「ダイジョブ」と応えてくれる存在というのは、得難い。 それだけで、相当にダイジョブと思えてくるもの。 ありがとうありがとう、ダイジョブ・フランソワ。 これがフランソワ。ダイジョブ・フランソワです。二女が高校時代につくったクマなのですが、ネズミみたいでしょう?ガラス扉のある書棚のなかに坐って、ときどききょろきょろっとしています。これからは、この子に「ダイジョブ?」と聞き、「ダイジョブ」をもらいます。みなさまへ、おたよりの掲載順を変えました。新着が下にきます。どうぞよろしくお願いします。, 2020年10月20日 (火) 日記 | 固定リンク いつか魔法使いに会ったら、器におかずを届け合える魔法をかけてもらおう。, 2015年6月 9日 (火) 日記 | 固定リンク

数本の映画主題歌もレコーディングした。日産自動車、ウテナ化粧品等の広告モデルも務めた。, 戦後、『暁の大地に咲く』(1949年)への映画出演を最後に映画界を引退し、母と共に東京都港区芝公園で料亭「山路」を経営する実業家に転身した。1964年に母の目の病気を機に料亭を廃業した後に、当時の日本の医療器具では母の目の病気を完治させることが不可能であったことなどから、その土地と建物を売却して得た私財の内、半分以上にあたる一億円を基金として擲ち、「日本の科学の発展の為に寄与する。」という目的で「山路ふみ子自然科学振興財団」を設立して助成活動を開始し、今度は社会事業家として名前が世に知られるようになる。, 1963年に東京都善行銅賞受賞、同年、「中央公論・婦人公論」最高殊勲夫人に推された。1972年に藍綬褒章を受章。, また、1976年5月に映画人を育成して、功績のあった人を賞賛すること、ならびに教育・文化・福祉事業への支援活動を行うために、私財を投げ打って「山路ふみ子文化財団」を設立。, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=山路ふみ子&oldid=79518258, 1930年代に個人で自家用車を保有し、運転免許を取得して自ら車を運転をしていた、数少ない日本人女性ドライバーの一人である。. Tweet, 1958年北海道小樽市生まれ。

東京都武蔵野市在住。

| コメント (24) 先週のわたしには、たしかに雑談運があった。 Aさんとばったり会って立ちばなし。おすそ分けのサクランボを届けてくれたM子さんと家でおしゃべり。仕事の打合せのあとにK氏と無駄ばなし。 それぞれにたのしいひとときだったが、待てよ……とわたしは思っている。 てんでちがった立場の相手と、別別に雑談をしていたのに、共通の何かがこころのなかに投げこまれたような。何かしら。 ……ことばだ。 Aさんは、あるひとのことばに傷ついた仲間を気にかけ、M子さんは自分の放ったことばを反省し、K氏はさまざまな年齢の仕事仲間とことばが噛み合わないことを悩んでいた。 ことば、ことば、ことば。 みんなを苦しませることば。 悩みの種になることば。 気がつけば「ことば」は近年、「ことば」というだけで持ち上げられ、たいそうスバラシイ存在となっている。わたしは「ことば」なんかはスバラシクない、というはなしをしようとする者ではない。が、厄介な面を持っていることを忘れてはいけないと云いたい。 ことばと向き合う仕事をつづける日日は、そのまま、その不確かさを思い知る年月だった。そして、不確かさを受けとめてもなお、「ことば」を好きでなくなることなどはなかったことこそは、ことばのスバラシサを物語っている。 そのスバラシサを保つためわたしは……。 ものすごく用心している。 ことばで傷ついたりしないように。 あっさりひとを傷つけたり、ぐっとひとの気持ちをつかんだり、ことばにはともかく力がある。魔力と云ってもいい。ぐっとつかまれるのはいいが、傷つけるもんか傷つくもんかと思っているのである。用心しているだけで、傷つけないのか、傷つかないのか、ですって? たぶん……ね。少なくとも傷は浅いと思われます。 新聞や雑誌に書く原稿は、印刷されるまでのあいだに少なくとも一度は見直しの作業(初校)をするし、書籍ともなれば二度か三度(初校・再校・三校)その機会を持つ。 驚くようなことば選びをしていることに気づいて恥じ入り、赤面してことばを選び直すこともある。着替えのような直しもあるにはあるけれど、自分の人間性の問われる境界にまで踏みこむ場合もある。 わたしたちがことばを交わしたり、会話したり、雑談したりという場面においては、見直しなんかは無しである。口からするりと出たことばが、意に染まなくとも、相手を傷つけてしまいそうだと気がついても後の祭り。もう、口には戻せない。いまのことばは、まちがいです。云い直します。なんてことを、たまにわたしは云ったりするが、それでも、一度出て行ったことばは、本当の意味では取り返しがつかない。 というわけだから皆さん、そこのところを前提として考えようではありませんか。 わたしはどうしてあんなことを云ってしまったのだろう、とか、あのひとからのあれはひどい云われ様(よう)だ、ということがあったとしても、咄嗟(とっさ)のことば選びで、ああ云うよりほかなかったのだなあと考えよう。受けとめる「ことば」、みずから放つ「ことば」に傷つく前に。「ことば」をスバラシイものとするもしないも、それを使う者の心根であり、技量であるのは云うまでもないことなのだけれども。 最近、高校生の三女の希望で、サラダ弁当(昼食)をつくっています。なかに焼き肉を隠したり、ポテトサラダ、炒めものを潜ませたり。弁当は時として、「ことば」以上のことばだわ。……と母ちゃんは思いましたとさ。, 2015年6月30日 (火) 日記 | 固定リンク | コメント (29) | コメント (10) 6 月 20 日に映画「愛を積むひと」が封切られた。 公開にさきがけて、この作品に寄せて新聞に 2 本のエッセイを書いた。広告の意味合いがあったけれど、「ほんとの感想しか書かないぞ」と誓って、試写を観る。 じつにいい映画だった。



| コメント (39)





この季節、ドクダミの花がうつくしいです。この花を見ると、滋養ということばを思いだします。いろいろの経験は、すべて人生の滋養になる、とおしえてくれているような。, 2015年6月 2日 (火) 日記 | 固定リンク 『朝ごはんからはじまる』『まないた手帖』(ともに毎日新聞社)『おとな時間の、つくりかた』(PHP文庫)『暮らしと台所の歳時記――旬の野菜で感じる七十二候』(PHP研究所)『こぎれい、こざっぱり』『台所から子どもたちへ』(ともにオレンジページ)『家のしごと』(ミシマ社)ほか、著書多数。, 2012年〜2014年 2007年〜2012年 著書 『元気がでる美味しいごはん』晶文社 1994 「元気がでるふだんのごはん」講談社文庫 山本ふみこさんのうふふ日記 ここは、小さな広場です。 そっと訪ねてきて休憩することも、ことばを残すこともできます。 お茶のかわりに、わたしの日記のような綴方を置いておきます。 「ふみ虫」はわたしの印であると同時に、手紙や文章の「文」の意味。 「泣き虫」は涙、いと深いところから湧いてくるものの意味。 Tweet, 「ひとりで家に閉じこもったりしないで、友だちをつくってください。若いひとでもお年寄りでも」  6月20日に映画「愛を積むひと」が封切られた。 公開にさきがけて、この作品に寄せて新聞に2本のエッセイを書いた。広告の意味合いがあったけれど、「ほんとの感想しか書かないぞ」と誓って、試写を観る。 じつにいい映画だった。 登場する人物ひとりひとりにリアリティがある。配役が的確ということになるのだろう。静かな、そして濃厚な125分を過ごした。 第二の人生を大自然のなかで送ろうと、東京下町の工場(こうば)をたたみ、北海道(美瑛町)に移って来た夫婦、篤史と良子。見るからに愛情あふれるふたりだが、来し方には苦労の日日があり、悲しみがひそんでいる。そんな事ごとを浄化して、これまでとは異なる受けとめ方をしようとするかのような静かな暮らしがはじまる。育まれ見守られてきた庭のハマナス。ベーコンとバター入りのおみおつけ。結婚以来妻の誕生日に夫が贈りつづけた一粒の真珠の連なり(ネックレス)。そしてそして、長年の憧れだった石塀作り。 いろんなかたち、いろんな大きさの石がひとつひとつ積まれてゆくように、夫婦のあたらしい時間はかたちを成してゆく。けれど、それは長くつづかなかった。数年前から患っていた心臓病によって、良子がこの世から旅立ってしまったのだ。 そう、冒頭の妻からの手紙を夫は、この世に残された悲観のなかで受けとったのだ(生前綴られた手紙が幾通も、大事なモノのなかにひそんで、みつけ出されるそのときを待っている)。 この映画の、大切なテーマのひとつである手紙。 手紙がこの世とあの世に隔てられた夫婦のあいだをつなぐのである。そうして、それは光を放って、周囲をも照らす。 映画公開初日の舞台挨拶で、篤史を演じた佐藤浩市が涙を流した。 良子役の樋口可南子が代読した妻からの手紙が、そうさせたのだ。 舞台上で読み上げながら樋口可南子も涙するほど清清しい手紙は、こう結ばれていた。「浩市さん、わたしは浩市さんをひとりにしないように、浩市さんよりも1日でも長く生きることを、約束します」 映画のなかの妻のように、死を覚悟したとき、夫に手紙を残してゆくようなことを、わたしはできるだろうか。もし書けたとしても、「お風呂にちゃんと入ってください」とか、「わたしの荷物はすっかり片づけて、こじんまり・こざっぱり暮らしてください」とか、「ぬか漬けとヨーグルトはつづけたらどうかな」とか……。つまらないことを書いてしまいそうだ。 この世にあって、あとどのくらい便りができるかしら。友だちや、娘たちや、師や、仕事仲間への手紙。夫への置き手紙も、そのうちかもしれない。 そう考えながら、友だちに書いたはがきに、思わずわたしはこう書いていた。「ユウコチャン、(手紙は)長くても短くてもいいことにしよう。書きかけもいいことにしない?」※ 「愛を積むひと」 監督:朝原雄三 脚本: 朝原雄三 福田卓郎  原作:『石を積むひと』エドワード・ムーニー・Jr  出演:佐藤浩市 樋口可南子 北川景子 野村周平     杉咲花 吉田羊 柄本明ほか, わたしの仕事場は、居間の一部に棚を隔てて在ります。向こうには台所も見えています。このほど、机右側に、コルク版をはめこむことに成功しました。映画「愛を積むひと」のチラシ、貼ってみました。, 2015年6月23日 (火) 日記 | 固定リンク | コメント (34) 山本 ふみこ(やまもと ふみこ、本名・山本 富美子、1958年 11月26日 - )は、日本の随筆家。 北海道 小樽市出身 。 自由学園最高学部卒。出版者勤務をへて文筆家。武蔵野市教育委員会委員。. 山路 ふみ子(やまじ ふみこ、1912年〈明治45年〉3月13日 - 2004年〈平成16年〉12月6日)は、女優・実業家・社会事業家。 兵庫県 神戸市 長田区出身。 本名・大久保 ふみ子(おおくぼ ふみこ)。

10月末、武蔵野市教育委員の任期満了。 2期8年の務めを終える。 なんという8年間だったことだろう。  あたらしい「生き方」を、わたしは確かに与えられた。 そのことに尽きるように思う。 だとすれば、この先のわたしの行動に、わたしの思考に、わたしの夢のすべてに、それは関わってくるはずだから、ここであわてて総括しなくともよいように思われる。 いま、残したいことがあるとすれば、学校の教職員の皆さんへの、小声での伝言であろうか。 皆さん、どうかお気楽に。 こんなのはいかにも不謹慎であり、教育委員の立場では決して口にできなかった台詞だ。それでも、いま、どうしても、このことを伝えたがる自らを抑えきれずにいる。 8年を通して、驚くことは数数あったが……、なかでも「学校において、えこひいきはあってはならない」というのが、わたしにはいちばんの驚きであった。 そも、わたしの生業(なりわい)などは、読者からえこひいきしてもらってやっとのことで成り立とうというものである。なんとかえこひいきしてもらえるようにあの手この手で策をめぐらし、気をまわしながら仕事をしている、と云っても過言ではない。 軽口を叩きあったり、情けないことを打ち明けあうつきあいになったせんせい方も少なくはないが、それでも彼女彼らはどこまでも「えこひいきはあってはならない」という壁を、決して崩さずに立った。 このひとたちにはかなわない……、と思いながら過ごした日日は、こうして構築されたのであった。 学校現場には、いろいろの苦心、苦労がある。 しかしどんな苦心、どんな苦労も報われているとはいえず、うまく機能しているときには「あたりまえ」のように受けとめられ、ともすると「誤解」されて踏みにじられる。 そんな現場の教職員に対して、わたしはもっともつよく惹きつけられていた。 なぜなら、その存在のぬくもりが、その存在のつよさが、その存在の達成感が、児童生徒たちに直接降り注がれることを知っていたからである。 ねえ、せんせい方、いまよりすこおし、気を楽に。 一度でも、こう云えたなら、よかった。 気を楽に。 ……気楽ということ? そうなのだが、それはのんびりとはちがう。のんきともちがう。 張りつめずにはいられない存在に向かって、素のあなたをもっともっと信じてほしいと訴えたい気持ちだ。 どうかお気楽に。 いまより少しでも、お気楽に。 武蔵野市の教職員の皆さん、指導課の皆さん、教育委員会の皆さん、どうもありがとうございました。 玄関のシーサーの居場所を変えました。地面に立っていたのを、棚の上に移動させたのです。これは1998年の夏、夫がテレビ番組作りで沖縄に長期滞在したときに、シーサー作家から直接譲り受けてきた、宝物。, 2020年11月10日 (火) 日記 | 固定リンク Tweet, 友だちから小包が届き、函を開けるとなかに、赤い実が見えた。 なんだろう、なんの実だろう。 とり出してみると、実を抱く枝の根元を湿らせたペーパーで巻くという、やさしいしごとのあとがある。 知っている赤い実の名前を、端から云ってみる。「ヤブコウジ。モチノキ。ナンテン。マンリョウ。センリョウ。ゴミシ……」 ……やっぱりわからない。 友だちの手紙を小包の函のなかから探しだして読むと「ガマズミが赤くなりました」とあり、手のなかの赤い実がガマズミだとわかった。「ガマズミを手にするのは、生まれて初めて!」「ガマズミを送ってもらうは、生まれて初めて!」 小包のなかには、一輪挿しが坐っている。 青い……、いやもっと正確にこの色に迫ろうとするなら、「鉄納戸(てつなんど)」とか「鉄御納戸(てつおなんど)」というのが近いだろうか。尾崎紅葉や芥川龍之介の小説に登場する茄子の色、単衣(ひとえ)の色である。 北関東の山里に暮らす陶芸家の友だちの作品なのだ。 ことしの春の窯とのことだ。「こんなうつくしい青を近くでみるのは、生まれて初めて!」「友だちの手になる一輪挿しは、生まれて初めて!」 と、またまたうかれる。 この日はいちにち「生まれて初めて! 生まれて初めて!」とうかれて過ごし、寝る前にガマズミを生けた一輪挿しの前に立った。「この歳になっても生まれて初めてがあるなんて。ありがとう、ありがとうございます」 こう云ってみたときだ。 おやおや? と頭のなかに風が巻いた。 おやおや、そうだろうか。 生まれて初めては、きょうのこれだけではないのだわ。 この歳になったいまのわたしも、これまでのわたしも、これからのわたしも、常に「生まれて初めて」を生きてきて、生きて、生きてゆこうとしている。 常にわたしは生まれて初めての道を、生まれて初めて歩いてゆく。 初めての道を照らす灯(ともしび)を探しながら。 どうですか?うつくしい青、妙なる一輪挿し。面取の花瓶。「毎日が生まれて初めて」「生まれて初めての一瞬一瞬」ということをおしえてくれました。, 2020年10月27日 (火) 日記 | 固定リンク

Tweet, つぎの年の手帖と予定表をもとめる季節がめぐってきた。 いそいそと出かけてゆき、いそいそではあるけれども、毎年おんなじものをもとめる。ことしもまた。 無印良品の月曜はじまりのカレンダー(ヨコ20,0×タテ14,5cm)。 同じく、A6サイズの帖面(10,5×14,8cm/A5サイズの半分)。 これを2006年から使っていて、気がつけば15冊めが終わり、じき16冊めにうつろうことになっている。 わたしの「ありのまま」の日常があらわれたカレンダーと帖面は、調べたいことがあって見返すたび、気持ちをくすぐられる。どちらも、仕事・しごと・遊び・年中行事ほかがごちゃ混ぜに記録されていて、じつにわたしらしい。 わたしはごちゃ混ぜ人間。 どの場面でも、同じ調子で動いているごちゃ混ぜ人間だ(ところどころ緊張の度合いは異なるが、それも年年たいした違いでなくなってきている)。 そうして突如として2021年の予定表(カレンダー)と帖面をさすり、もの想いするわたし。 ……会えない誰かを思うことがふえた。 遠くにいて会えないあなた。 事情が許さず会えないあなた。 離れ場ならになって以来、行方知らずで会えないあなた。 あの世とこの世に隔てられ、会えないあなた。 きっとこれから先も、そんな「あなた」はふえてゆく。 2012年、初めてカルチャーセンターでエッセイの講座を持ったとき、忙しい仕事をやりくりして1期だけ参加してくれたケーコさん。 1期が終わったとき、カードをくださった。「エッセイを書いてみよう」 参加させていただきましてありがとうございました。 参加しなかったら、生まれなかった原稿が4本、財産として残りました。 つぎの期は残念ながら出席できませんが、「今ごろ新宿で山本さんが黒板に言葉を書いている」と、講義の日には思い浮かべることにします。「今ごろアラスカでは熊が森を歩いている」と都会で思い浮かべるのは2つの時間を生きることだと星野道夫が言ったみたいに。では、またの再会を。 ね、素敵な手紙でしょう? わたしはいつもこのカードを帖面にはさんで持っている。「2つの時間を生きられますように」と希って持っている。 会えない「あなた」を思いながら、そっとカードを読み返す。 いま、ガマズミは、こんなふうになっています。このたびの器も、友人の手になるもの。木の器で、エゴマのオイルを塗って仕上げてあるとか。これには水は入れません。見ているだけで、力とやさしさを注がれるのです。, 2020年11月 3日 (火) 日記 | 固定リンク