それは恋だったが諦めた(由比ヶ浜に譲った)から 「……わたしと同じくらい、たくさんの何かだよ」, 陽乃はたくさんの何かを諦めて今こうして大人になっていることを示唆している。では、何を諦めたというのか。, 恐らく、陽乃と葉山はお互いの意に反しながらも家庭の事情で婚約させられている。雪ノ下家が経営する建設会社の顧問弁護士が葉山の父であり、政略結婚的な意味合いがあると思われる。葉山と雪乃はかつて両思いだったが、上記理由によってお互いに諦めさせられた。陽乃には意中の相手が他にいたか、あるいは他にやりたい事があったが、それも断念させられて今に至る。, このように考えると、雪乃と葉山が付き合っているという噂が流れた際(10巻、アニメ2期11話)にお互いが痛憤する理由に辻褄が合うし、陽乃が葉山と自然に行動を共にしている様が散見されることにも納得がいく。, 現時点でわかる証拠を集めて組み合わせるとこのような仮説が導き出されるのだが、どうだろう。, 本12巻では本編中に三つの短いinterlude(登場人物の独白みたいなもの)が差し挟まれており、最初の一つは恐らく比企谷であり、後の二つは由比ヶ浜の心情である。すなわち、由比ヶ浜視点で物語を捉えることができる箇所があるということである。, 二つ目のinterludeでは由比ヶ浜が、雪ノ下が比企谷に思いを寄せているらしい証拠を発見してしまうシーンが描かれるが、そこで由比ヶ浜の言う「ずるい」について言及される。前巻11巻のラストでも「あたし、ずるいんだ」「ずるいかもしんないけど……。それしか思いつかないんだ……」(11巻、P311,P313)と強調して繰り返していた言葉だ。, 由比ヶ浜が比企谷に恋心を抱き続けているのは明白である。決して諦めたわけではない。だけど、雪ノ下と比企谷が両思いであると由比ヶ浜は思い込んでいて、比企谷の気持ちを知るのが恐いと思っている。, 彼女の気持ちを聞くのはずるいことだ。 「あいつは……、何を諦めて、大人になるんですかね」 ❦メモ魔radio・メモ魔memo・メモ魔noteをやる場です❦ 完(俺ガイル3期)最終12話 青春とは嘘であり悪である。その本物の結末は、面倒臭いのがカワイイ 三人の関係が終わって、新たな八幡と雪ノ下と由比ヶ浜の関係が始まる たしかにタイトル通りのいい最終回でした!#俺ガイル pic.twitter 他にも考察していますのでぜひともご覧ください: 僕に必要なのは,  彼女のせいにしているのが一番ずるい。, 「雪ノ下の気持ちを聞くのがずるい」というのは、聞いてしまえば雪ノ下はきっと否定するだろうから「雪ノ下に聞くこと=雪ノ下に否定させること」と同義であり、ずるい。「自分の気持ちを言うのがずるい」は、抜け駆けを指すのだと思われる。雪ノ下の気持ちを知りながら比企谷にアプローチすることはずるい。, 「雪ノ下のせいにしているのがずるい」のは、雪ノ下が比企谷に思いを寄せているという理由をこじつけて由比ヶ浜自身が何も行動を起こさない大義名分にしてしまっているところがずるい。これは、上述の雪ノ下の依頼(夢を諦める最後を見届けてもらいたい)が語られる過程における雪ノ下の台詞「でも、ちゃんと言うべきだったんでしょうね。それが叶わないとしても……。たぶんきちんとした答えを出すのが怖くて、確かめることをしなかったの」(P48)が由比ヶ浜の心情ともダブっている。, 雪ノ下は自分の意志で歩き出すことを選んでいるのに、比企谷同様、由比ヶ浜もただ手をこまねいているだけであるという見事な対比になっている。, 同じく二つ目のinterludeにおいて「――本物なんて、ほしくなかった」(P99)と由比ヶ浜は独白している。, ここで言う「本物」とは、比企谷が泣きながら吐露した「本物が欲しい」(9巻P255、アニメ2期8話)のことである。比企谷の言う「本物」とは「わからないことは怖いことだから、相手のことを完全に知り尽くして安心していたいという傲慢さを許容できる関係性」(9巻、P254より大意)であり、恐らく比企谷と小町の兄妹のような関係のことを指しているのだと思われる。, この9巻のシーンにおいては、由比ヶ浜が「もっと話せばわかるよ」と主張するのに対し、比企谷が「話さなくてもわかる関係が欲しい=本物が欲しい」と意見が食い違っているところは注目すべき点である。, で、本12巻においてなぜ由比ヶ浜が「本物なんて、ほしくなかった」と言っているかというと、由比ヶ浜の視点では比企谷と雪ノ下の中にその「本物」があるように見えているからに他ならない。比企谷と雪ノ下は根底で似ているところがあって、「言わなくてもわかる」要素が由比ヶ浜には目に付く。由比ヶ浜はそんな雪ノ下を羨ましく思っている(あるいは嫉妬している)ようである。, 対して由比ヶ浜は「話せばわかる」と考えているのであり、比企谷の求めているものと自分が持っているものとの間には差異がある。比企谷の言う「本物」を探す物語のゴールに自分がいるとは思えない、と由比ヶ浜は思っている。だから由比ヶ浜は、雪ノ下と共に奉仕部として「比企谷の依頼=本物が欲しい」を引き受けた(9巻P426、11巻P318)けれど、実は「本物なんて、ほしくなかった」と考えているのである。, 12巻の特に後半は由比ヶ浜ルートが大いに示唆されるものであって、由比ヶ浜推しの私としては大変に嬉々としていたのだが、最後の最後で恐るべきどんでん返しが起こった。すなわち、由比ヶ浜と一緒に小町の合格祝いの手作りケーキを作る予定の道中、プロムの中止を聞かされた比企谷は由比ヶ浜との約束を反故にし、一人で雪ノ下を助けに行ってしまうのである。, 「……そっか、でも、ヒッキーが行ってくれるなら、なんとかなっちゃいそう」 ブログを報告する, ⑭414頁。以下アニメ『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』11話について考えるために、その原典である小説『俺ガイル』を適宜引用する。なお小説『俺ガイル』からの引用は巻数を丸数字で略記し、頁数のみ記す。, ③97頁。なおこのセリフはアニメと原作とでそのセリフが発される時系列が異なるため、そこにも異なる意味が生じてしまう恐れがある。, ただし、由比ヶ浜がどれほど倫理的かということについては詳しく吟味する必要がある。そもそも⑤の時点で、由比ヶ浜は八幡に想いを告げようとしていた節があり(⑤208-212頁)、その時点でフェアではない。したがって由比ヶ浜はむしろ、八幡と雪乃、両人への想いを日々積み重ねていった結果「ずるい気がする」と発言するに至ったと考えられる。さらに言えば雪乃は②で由比ヶ浜の想いを知っているのであり、その時点で最初から雪乃と由比ヶ浜は非対称である。, やはり俺の俺ガイル考察はまちがっている。 | やはり俺の俺ガイル考察はまちがっている。, 結衣の依頼は「クラスのヒッキーと仲良くしたいの」であった。 | やはり俺の俺ガイル考察はまちがっている。.