ー, 『竹取物語』の原文・現代語訳1(現在位置). 『竹取物語』は平安時代(9~10世紀頃)に成立したと推定されている日本最古の物語文学であり、子ども向けの童話である『かぐや姫』の原型となっている古典でもあります。『竹取物語』は、『竹取翁の物語』や『かぐや姫の物語』と呼ばれることもあります。 竹取物語を習っています。「うつくしい」は「愛しい」ということ?で、かわいらしいという意味だと習いました。では、現代語の「美しい」は古典のことばではなんというのでしょうか。教えてもらえますか。古語辞典でも、今の言葉を古語に 訳注, 竹取の翁、竹を取るに、この子を見つけ【注1】て後に竹取るに、節を隔てて、よ【注2】ごとに、黄金ある竹を見つくること重なりぬ【注3】。かくて【注4】、翁やうやう【注5】豊かに【注6】なりゆく。 9.生徒が2回音読する。 10.単語に区切って読ませる。 11.1文ずつ訳させる。 1)主語を示す助詞を補わせる。 2)省略されている主語を補わせる。 ・主語が変わっているのに省略されている部分に注意する。 3)助動詞(過去、完了)の意味を示す。 単語, 四段活用, 竹取物語, 古文単語, 万葉集, 解説, 意味, いつく, 斎く, 傳く, ベネッセ全訳古語辞典 改訂版 Benesse 全訳読解古語辞典 第四版 三省堂 『竹取物語』は作者不詳であり成立年代も不明です。しかし、10世紀の『大和物語』『うつほ物語』『源氏物語』、11世紀の『栄花物語』『狭衣物語』などに『竹取物語』への言及が見られることから、10世紀頃までには既に物語が作られていたと考えられます。このウェブページでは、『今は昔、竹取の翁といふ者ありけり~』の部分の原文・現代語訳(意訳)を記しています。 日本テレビ系「金曜ロードshow!」で5月18日(金)に放送される映画『かぐや姫の物語』と「竹取物語」の違いについて調べ かぐや姫の物語と竹取物語の違いを比較!罪と罰の意味をネタバレ解説|みかんと傘とコッペパン。 竹取物語(たけとりものがたり)とは。意味や解説、類語。平安初期の物語。1巻。作者・成立年未詳。竹取翁 (たけとりのおきな) によって竹の中から見いだされ、育てられたかぐや姫が、五人の貴公子の求婚を退け、帝の召命にも応じず、八月十五夜に月の世界へ帰る。, 「いふもの」や「いひける」のように、語頭以外での「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」は、多くの場合、「は」→「わ」、「ひ」→「い」、「ふ」→「う」、「へ」→「え」、「ほ」→「お」と読むことが多い。意味は「不思議に思って」。現代の「怪しいと思う」とは意味がちがい、「変だと思う」というような意味は無い。この「あやし」や「うつくし」のように、たとえ同じ語が現代にあっても、古文では意味が違う場合があるので、注意。のように枕草子の「をかし」 → 読み:「おかし」の例のように、古文の「わ・ゐ・う・ゑ・を」は、読みが、「わ」→「わ」(そのまま)、「ゐ」→「い」、「う」→「う」(そんまま)、「ゑ」→「え」、「を」→「お」、というふうになる。「なむ」を「なん」と読むように、「む」を「ん」と読む場合がある。むかし話の「かぐやひめ」(かぐや姫)は、「竹取物語」(たけとりものがたり)という物語がもとになっている。今から1000年以上も前の平安時代に書かれた物語である。「竹取物語」の作者は不明。この冒頭文の以外からも例を出せば、古文の「けふ」は「きょう」(今日)。古文の「てふ」は「ちょう」と読む。古文の「てふてふ」は読みは「ちょうちょう」で蝶々(ちょうちょう)。「てふてふ」はアゲハチョウとかモンシロチョウなど、昆虫のチョウのこと。古文:「うつくしう」→ 読み:「うつくしゅう」 の様に、古文:「しう」→読み:「しゅう」。 むかし話の「かぐやひめ」(かぐや姫)は、「竹取物語」(たけとりものがたり)という物語がもとになっている。今から1000年以上も前の平安時代に書かれた物語である。「竹取物語」の作者は不明。 どうも、古文・漢文・チンプンカンプン、三神かな子です。現代文だけで点数稼ぎしていた高校時代……orzそんな私でも古典に触れたいと思ったのがこちらの記事!ジブリ作品の映画「かぐや姫の物語」が地上波放送されます!日本テレビ系 2018年5月18日(金)21:00~23:494月に逝去したスタジオジブリ・高畑勲監督による映画として有名です。昔話の「かぐや姫」は有名ですが、それをジブリ・高畑勲監督ならではの解釈でつ … 奈良県北葛城郡広陵町に「竹取物語」ゆかりの神社があります。神社の名前を讃岐神社と言います。かの有名な竹取物語(平安時代)は、讃岐神社の讃岐造(さぬきのみやつこ)をモデルにして書かれたと言い伝えられます。讃岐神社の鳥居。一部が石で構成される両 現存する最古の作り物語である「竹取物語」。これは竹から生まれたかぐや姫が育ち、その美しさが都に広まっていくお話になります。そしてその美しさに惹かれた5人の貴公子が求婚を次々と申し入れますが、その対価として無理難題を出される物語としても知られています。 『竹取物語』が本当は怖いとネットユーザーの間で評判です。 本記事では、『竹取物語』の怖いと言われるポイント。さらに物語の背景にある史実をまとめ、リアルな『かぐや姫の物語』に迫ってみます。︎ かぐや姫の誕生 今は昔「讃岐造(さぬき 紫式部は『源氏物語』(絵合せの帖)の中で、いわゆる『竹取物語』のことを「物語の出で来はじめの祖(おや)」と述べている。実際、これが日本最初の「物語」(「昔話」など口承・伝承的なものではなく、たとえ不詳だとしても確かに「作者」を持ちテキストとなった作り物)だとされて いつきやしなふの意味。・他動詞ハ行四段活用活用{は/ひ/ふ/ふ/へ/へ}大切に養い育てる。出典竹取物語 かぐや姫の生ひ立ち「帳(ちやう)の内よりも出ださず、いつきやしなふ」[訳] (翁(おきな)はかぐや姫を)垂れぎぬの中から...- 古文辞書なら「Weblio古語辞典」 竹取物語と聞いて、思い浮かぶのは誰でしょうか? 欠かせない登場人物といえば、やはりメインヒロインである「かぐや姫」です。竹から生まれたかぐや姫は竹取の翁とその妻によって、大切に育てられます。その後急成長を遂げ、3ヶ月ほどでこの世のものとは思えない美しく成人し、求婚者が訪れます。かぐや姫は特に熱心な5人の貴公子にその達成を結婚の条件とする無理難題を出します。この難題には大富豪の貴公子らもクリアーすることができず、最終的には求婚を諦めてしまいました。また、当時の天皇である帝もかぐや姫の噂を聞きつけ求婚に訪れますが、これも断固として拒否します。その後、かぐや姫は月からの使者によって月に帰ることになるのでした。彼のモデルは、律令制度を確立し、藤原氏隆盛の基礎を作った藤原不比等(ふじわらのふひと)であるとされています。日本初となる法律「律令制度」を確立させた藤原不比等を失敗に陥れたような描写です。俗世の権力を真っ向から否定する、作者の政治的姿勢が溢れています。一説によると、石作皇子は天武天皇の皇子であるキャラクターであると考えられています(諸説あり)。また史実における天武天皇は、君主として君臨し、道教に関心を持ち、神道を整備し、仏教を保護して国家仏教を促進する活動をしていました。かぐや姫に求婚して次々に失敗する五人の貴公子たちには、実在のモデルがいたとされています。これらは、「日本書紀」や「続日本紀」に天武・持統朝の功臣として列挙されている最高位の貴族たちで、平安時代初期に生きていた読者たちにはすぐに「あの人か!」と思いあたったことでしょう。一般的には月に帰っていくかぐや姫とそれを惜しむ夫婦の哀愁が知られているストーリーですが、じっくり読んでみると全く違う意図が読み取れます。竹取物語に登場する5人の貴公子に注目すると、その権力を否定し、理想の暮らしを求める知識人の政治的意図が垣間見れる作品です。大人になった今だからこそ、竹取物語を含む多くの文学作品から、それらの奥深さが見えてくることでしょう。現存する最古の作り物語である「竹取物語」。これは竹から生まれたかぐや姫が育ち、その美しさが都に広まっていくお話になります。そしてその美しさに惹かれた5人の貴公子が求婚を次々と申し入れますが、その対価として無理難題を出される物語としても知られています。阿倍の右大臣は火に入れても燃えない「火鼠の衣」を求められました。何としても手に入れようと、大枚をはたいた結果、唐から火鼠の衣を手に入れることができ、意気揚々とかぐや姫に見せに行きました。しかし、いざ火にくべてみるとあっさりと燃え尽きてしまい、先ほどまでの元気さから打って変わり、すっかり意気消沈して帰っていきました。それでは、五人の貴公子それぞれの人物像に関して解説していきます。アイキャッチ画像:『竹取物語 下巻』国立国会図書館デジタルコレクションより相手が貴公子といえども、このように一日中求婚され続けたら、無理難題の条件を出して諦めさせるのも無理はありません。しかし、これこそが当時の読者の目には、いかにも権力者をあざ笑う滑稽な描写だと映っていたと考えられています。こうしたことから、竹取物語は貴公子の失敗を笑うことで俗世の権力を否定し、浄化された理想郷を願う思いをかぐや姫に託してうたい上げた、大人の文学だとされているのです。『今は昔、竹取の翁といふものありけり。』の一節で始まる竹取物語。現代では、子供向けの絵本などでよく目にする身近な存在ですが、実は歴史的にとても重要な書物となっています。竹取物語は現存する最古の創作された物語であり、中古・平安時代前期にあたる紀元後900年前半に書かれました。残念ながら作者は明らかになっていませんが、推測される人物としては、仮名の文章力に長けており、漢籍の教養も深い知識人であった源順(みなもとのしたごう)、源融(みなもとのとおる)、僧正遍昭(そうじょうへんじょう)などの説があります。石上の中納言は「燕の子安貝」を結婚条件に出されます。何人もの家来に燕の子安貝を取らせようとしましたが、最後には自身の手で燕の巣から貝を取ろうとして転落してしまい、腰の骨を折ってしまいます。大伴の大納言は「竜の頸の玉」を結婚の条件に提示されましたが、使いに出した家来たちも一向に成果を上げることができませんでした。業を煮やした彼は自分で船に出ましたが、海上で暴風雨に見舞われ、九死に一生を得て何とか生きて帰ることができました。しかし、竜を追う旅のあまりの過酷さにかぐや姫を諦め、財産もすっかり無くなってしまいました。このことから天武天皇の子とされる石作皇子は、かぐや姫によって父の教えを守っているかどうかを試され、釈迦が使っていた仏の御石の鉢を取りに行くよう要求されたとも考えられます。結局偽物の鉢を持っていったことから、父への忠誠心の低さが伺え、当時の読者もあざ笑っていたことでしょう。讃岐うどんと瀬戸内国際芸術祭が有名な香川出身の物書き。うどんを自分で打つこともできるが、自宅でやると家中粉まみれになるのでなかなか作らせてもらえない。幼少期から茶道や琴など嗜んでいるいまどき珍しい和風っ子。しかし、甘露は和菓子よりもケーキなどのスイーツが大好きな和洋折衷な人間。しかし、この貴公子たちには実在のモデルが存在した説があることをご存じでしたか? このモデル説によれば、竹取物語は律令政権から疎外された知識人が俗世の権力を否定し、理想郷を願う思いをつづった作品であった可能性も示唆されています。本記事では、その理由となる求婚した貴公子5人それぞれのモデルに迫っていきます。そのモデルは、石上麻呂(いそのかみのまろ)という奈良時代から飛鳥時代にかけて公家の中でも日本の律令の規定に基づく最高幹部だといわれています。高い場所にある燕の巣に近づこうとして骨を折るストーリーは、「莫大な権力と富を有しているにもかかわらず、簡単なことで失脚してしまう」と不安定な人生の面白さを伝えているのかもしれません。倉持皇子への難題は「蓬莱(ほうらい)の玉の枝」でした。彼は荒れ狂う航海や餓死寸前の地獄の果てに本物の蓬莱の玉の枝を手に入れたとかぐや姫に伝えしましたが、後日六人の職人が訪れ、「命がけで偽物を作ったのに倉持皇子はいまだ報酬を支払ってくれません」と告発を行い、嘘が露呈してしまいました。この事件は都じゅうに知れ渡り、倉持皇子はもはや人に顔見せできぬと消息を絶ってしまいました。物語に登場する5人の貴公子の熱心な求婚ぶりを表した有名な一文があります。奈良時代に生きた阿倍御主人(あべのみうし)がモデルとされています。あっさりと他人の嘘にだまされた表現から、足元をすくわれて簡単に没落する悲しい権力者をイメージさせたことでしょう。石作皇子は、かぐや姫に天竺(インド)から「仏の御石の鉢」を持ってくるよう要求されました。彼は最初から「どうやっても手に入れられるわけがない」と考え、偽物を渡し、あっさりと見破られてしまいました。一説によると、彼のモデルは飛鳥時代中期から後期にかけての豪族で、戦ではのちの天武天皇の隣で戦ったことから地位を上げた人物である大伴の御行とされています。豪族でありながらさらなる上位を求める欲深い性格が、物語では批判されているのではないでしょうか。. この児、やしなふほどに、すくすくと大きに【注7】なりまさる【注8】。三月【注9】ばかりになる【注10】ほどに、よきほどなる【注11】人になりぬれ【注12】ば、髪上げ【注13】などとかく【注14】して髪上げさせ【注15】、裳【注16】着す【注17】。帳【注18】のうちよりもいださず【注19】、いつき【注20】やしなふ。 平安時代初期の物語『竹取物語』の「なよ竹のかぐや姫」の現代語訳と重要な箇所の品詞分解を解説しています。「竹取の翁」から「腹立たしきことも慰みけり。」までの文章です。 2020/9/24 (注10→動詞、注11→助動詞), 竹取の翁が竹を取るのに、この子を見つけた後に竹を取る際に、(竹の)節と節との間に、黄金の入っている竹を見つけることが重なった。こうして、翁はだんだん豊かになってゆく。, 名詞。12歳から15歳に成長した女子が子供の髪型を改めて、髪を結いあげる女性の成人式のこと。, ガ行下二段動詞「上ぐ」の未然形+使役の助動詞「さす」の連用形。意味は「上げさせる」。, タ行四段動詞「満つ」の連用形+存続の助動詞「たり」の終止形。意味は「満ちている」。, マ行四段動詞「慰む」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。意味は「気がまぎれた」。. 意味や解説、類語。平安初期の物語。1巻。作者・成立年未詳。竹取翁 (たけとりのおきな) によって竹の中から見いだされ、育てられたかぐや姫が、五人の貴公子の求婚を退け、帝の召命にも応じず、八月十五夜に月の世界へ帰る。 この児のかたち【注21】の【注22】きよらなる【注23】こと世になく、屋のうちは暗き所なく光満ちたり【注24】。翁、心地悪しく【注25】苦しきときも、この子を見れば苦しきこともやみぬ【注26】。腹立たしき【注27】ことも慰みけり【注28】。, ・注10と11の「なる」の品詞が分かるようにしておきましょう。 2020/10/20